犯罪問題

 銀行は月末のせいか、順番を待つ人々がソファを埋めつくし、さらに座りきれない人が5、6名ほど、手持ちぶさたにウロウロしていた。ぼくの用事はATMですむものだったが、こちらの方も列ができている。ま、並ぶしかないな10分は待たされそうかなとその列の最後尾についたその時、ぱーんとまるで銃声みたいな音が聞こえた。

 ほんとうに銃声だった。銀行の入り口から、たった今弾を発射した拳銃を天井に向けた男と、銃を窓口に向けて構えた男の二人組が入ってきたのだ。ストッキングを頭にかぶり、地味なジャンパーにジーンズという、誰が見ても銀行強盗といういでたちだ。

 ひいいいいいいいと雪崩のようにいっせいに動く人々。ソファに座っていた連中は、そのソファに身を隠すように、他もそれぞれ、身近の柱なり何なりに頭をおさえながら隠れる。ぼくも前に並んでいたオバサンと一緒に、手近の柱に身を縮こまらせた。

 強盗は、一人が警備員を銃で制する間に、もう一人が窓口の女子行員に命令する。

「やい、金を出せ」

 やい金を出せ、と来たか。もう少し気の利いたセリフをはかせられないもんかね、とぼくがあきれていると、横のオバサンが目を大きく見開いた興奮気味の声で話し掛けてきた。

「これって犯罪よね。あたし現場ははじめてだわ」

「あまり声を出さないないほうがいいですよ」とさとしても

「ドキドキしてきたわ。誰か死ぬかしら」ぼくの言うことなんか耳に入らないらしい。

 命令された女子行員は、そばにある現金を、強盗に渡されたお定まりの麻袋に詰めている。オバサンとちがってこちらは必死の形相。

「あのコきっとおもらしして」

「シッ」

 まだ何かほざくオバサンをキッとにらみつける。ったく。へたにとばっちりくっちゃ、たまったもんじゃない。

「まだあるだろう」とさらに強盗に脅されて、女子行員はおどおどしながら奥にいる上司らしい中年の男性行員を振り返る。

 ぱーーーーん!

 また銃声。その方向を見ると、先ほどの警備員が壁からずるずると崩れ落ちるところだった。胸には大きな赤い穴が開いている。

 じりりりりりりりりりりりりり。そのスキに誰かが押したのか、非常ベルが鳴り響く。

「くそ」

 おいおいおい、くそ、かよ。もうちょっと、なんとかさあ。

 窓口の強盗は麻袋をわしづかみにすると、入り口まで後ずさりする。警備員を撃った男は、死体の前で呆然としている。

「ずらかるんだ」と呼びかけられてわれに帰り、入り口まで同じく後ずさりすると、再びぱーーーーん、と天井に一発ぶっぱなし、二人組は逃げていった。

 数秒の間があった。

 そこへ、明るいブルーのスタジアムジャンパーに、白いミニスカートをはいた若い女が二人入ってきてこう言った。

「皆様お楽しみいただけましたでしょうか。ただ今の犯罪は、食卓に明るい未来をるんるんるん、中洲食品の提供でした」

 そして二人のキャンペーンガールは、銀行にいる客たちに、中洲食品の新製品『どんちゃらぽんラーメン』の試供品を配りだした。

「あらあたしもちょうだい。いい記念になるわ」と隣のオバサンが駆け寄っていった。

 中洲食品か。九州地盤の二流メーカーだ。道理で、陳腐なシナリオだったもんなあ。どんなやつが構成したんだろ。いずれにしろ、日本でも指折りの犯罪作家のぼくの前でやってのけるとはいい度胸だ。今度『犯罪批評』でたたいてもらおうか。

 客たちが試供品に群がる間に、ぼくはATMでさっさと用をすませ、銀行を後にした。
(つづき)


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