●1994年/日本テレビ・劇空間プロ野球'94「巨人を棄てる」

<解説>
問題作です。(ほんとうの意味で問題になっちゃったという意味での問題作ね)
93年のシーズンが終わったころの巨人はやばかった。いや、巨人だけでなく、プロ野球界全体の危機だった。
なにしろJリーグがこの年はじまって、圧倒的な人気になった。「野球もサッカーも両方盛り上がればいい」なんて言って野球界は強がっていたけど、今までの野球にサッカーが取って代わるであろうと、誰もが思っていた。さらに、巨人人気が落ちれば野球界総倒れってな感じだった。
そんなムードの中で、60周年を迎える巨人を広告で盛り上げる立場としちゃあ、「がんばりまーす」って言うしかないじゃん、しかも並々ならぬ言い方でいわなきゃってわけで、こういうコピーになったんだ。ついでに長嶋さんの栄光のシーンにバッテンまでつけちゃって。
あえて言えば、ぼくはけっこうマジで「棄てる」と書いた。巨人に限らず、もう古いもんにしがみつくのやめようやって。で、その上で巨人をまっさらな気持ちで見て、またまっさらな気持ちで時代に向かっていこうよって。
スポーツマスコミの人達が集まっているところで「日本テレビの巨人戦の今年の広告はこれです」ってこれを見せたら、その時はほとんど反応がなかった。あれえ?すげえインパクトあるつもりでやったんだけど、なんで?って思ってたら、翌日の各スポーツ紙の一面がみんなこれだったんで面食らった。インパクトあり過ぎ。
で、みんなあまりほめてくんない。っつうか怒ってる感じ。ま、スポーツマスコミ史上もっとも美しい場面にバッテンつけちゃったんだから、当然か。
身近の若い巨人ファンは「よお言うてくれた、あれくらいのこといわなきゃ巨人の未来はない」と好意的だったし、しょんぼりしてた野球界に世間の注目を集める役割はじゅうぶん果たしたと思うんだけど、いろんな人が怒ったというんで、キャンペーンは途中で挫折しちゃった。テレビCMもつくったんだけど、3日間しか流れなかった。
ちなみに長嶋さん本人は、「ううん、そうですねえ、これぐらいのことしなきゃいけないかもしれませんねえ」と二つ返事で承諾をくれたらしい。考えてみれば、自分の人生最高の場面にバツつけるのに、よくOKしてくれたもんだ。やっぱ器が凡人とちがう。
しかし我ながら今思うと、こんなことよくやったなあ。優勝できたからよかったけど、できなかったら史上サイテーの広告だったかもしれない。
でもねえ、馬鹿みたいだけど、信じてたんだなあ。絶対優勝するって。だってほんと、あの時はここで巨人がやんなきゃ野球はおしまいって思ってたもん。なんつうか、時代が優勝させるはずだって。だからこの年の優勝は、すっごくうれしかったなあ。
今じゃ、サッカーが野球を越えるはずはなかったってみんな思ってるみたいだけど、ぼくは野球の危機はまだまだ続いていると考えている。というより、これからほんとうの危機がやってくると。
たぶん、30歳以下の人間が野球とサッカーどちらの話題を多く語り合ってるかって言うと、サッカーだと思うよ。だんぜん。オリンピックだって、野球は銀メダルで、サッカーは予選落ちなのに、サッカーの方が印象に残ってるでしょ。
でも、巨人の日本一ですべてが解決したかのように、数年前の危機感をすっかり忘れたかのように、野球界はのうのうと過ごしている。ひとりの野球ファンとして、いいのかなあ、と思うんだけど。
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