第19回世界コンピュータ将棋選手権決勝自戦記 
〜賽が投げられた!?〜




さてさて決勝。前日天国と地獄の間を彷徨ったこともあり、この日はある意味得した気分で全く緊張感なし。
全敗しても仕方がない位にしか思っていなかった。もちろん前日からバージョンはそのまま。


一回戦:vs Bonanza戦 ○

横歩取り。
まずはBonanza。今年は最後にボナメソ学習の探索深さを1増やしたらかなり強くなったとのこと。そういう発想は ないこともなかったが、過去の実験ではあまり上手くいかないと切り捨てていた。そもそも学習手法に問題 があることも分かってきたので、将来試すこともあるかもしれない。

選手権では珍しい横歩取り。そういえば去年も初戦激指に横歩取りであっという間に吹っ飛ばされた記憶が。 今年は反省して序盤でもじっくり考えるようにしたが、果たして効果があったか?
32手目▽33飛は、駄目そうな手だなと思ってみていたが、後で調べると定跡の一つではあるようだ。 その後取った飛車を打ち込まれて怖い形になったが、ぎりぎり耐えていたようだ。74手目▽63角 が解説で取り上げられた好手らしく、この後この角が動きはしないもののよく働いた。 中央で小競り合いが続いたが、先手の飛車を追える展開となりよくなったようだ。102手目▽56桂 は格好良い決め手だと思った。今大会一番の好局だったような気がする。Bonanza に勝てるとはあまり思っていなかったが、 運良くコンピュータが必ずしも得意ではない横歩取りになったのが勝因かもしれない。

これで全敗はなくなったと喜んでいたら、何と横ではGPS将棋がKCC将棋に勝利、よく見たら 文殊も勝っていて、最後に残ったYSS-習甦もYSS敗勢とのこと。こういう偶然もあるのだなあと思っていたが・・・。

1勝0敗。

二回戦:vs KCC将棋戦 ○

四間飛車 vs 右四間。
一回戦でGPSに負けるまで予選16連勝、しかも昨日圧倒されたKCC将棋戦。
昨日圧敗したので、困った時の右四間。と言っても確実に有利になるわけではないのだが。

実は右四間でも桂馬の跳ね時等が意外に難しく、上手くいかないことも多かったのだが、 本局は運よく右四間最高形に組み上げることができた。これで最早思い残すことなし、と思っていたところ、 どうもKCCが変なのだ。29手目▲78飛と回ってすぐ▲75歩と来るのかと思ったら▲48金と自重し、 35手目▲65歩とむしろ後手から仕掛けたいような所から開戦。さらにちょっと勿体無い▲77銀打など 少しずつ失点を重ねた感じ。さらに51手目▲38金が悪手で、直後に▽66歩とされては、 かなり不利になってしまったようだ。後でKCCが前日バージョンから実は弱くしてしまった、という風説が流布されていたが、 棋譜を見返してみると、信憑性が高いような気もしてくる。この後は、駒を取ったり、桂馬 をダブル二段活用したりと気持ち良い手が続き勝勢に。ただここからのKCCの粘りはさすが。なかなか 寄り付かず先手玉周りをぐるぐる回っていて、ちょっと怪しい手もあったように思えたが、元が大差過ぎたため事件は起こらなかった。 KCCがくそ粘りをしたため全駒になってしまった。解説では「友達いらないの?」を連発されていたようだ。 優勝候補筆頭のKCCは圏外に去っていった。

この将棋はかなり長かったのだが、この間、再び下位チームの朗報が次々と入った。 何と2回戦までで、下位4チームの7勝1敗。これは偶然ではないのか?会場の雰囲気も騒然としてきた。

2勝0敗。
 

三回戦:vs YSS戦 ○

四間飛車 対 居飛車。
次はここまで何と2連敗のYSS。簡単に勝てる相手ではないが、今日は何とかなりそうな雰囲気もある。

この将棋は、後手の囲いが完成する前に、銀交換となったため、一瞬有利かと思ったが、 46手目▽86飛と飛車先交換できて悪いわけがなく、さらに55手目▲82銀は負ければ敗因となる微妙な手。 ただ意外に後手に手がなかったようで、飛車交換となっては囲いの差が生きてくる展開。75手目▲76歩が、 角を見捨てて竜を引き付ける狙いの手で意外に良い手だったかもしれない。真実は微妙だが、大槻将棋 はこの局面をかなり高く評価していた。この後飛車を閉じ込めながら有利にしていくさまは、ボナメソの威力が遺憾なく 発揮された感じ。以下、と金ができては支えきれなくなったようだ。その後はうまく寄せきった。 YSS相手にこんな良い将棋が指せるようになるとは、数年前の力の差からは信じられない思いであった。

ここまで文殊,GPS,大槻将棋が3連勝、通常右上が白くなり左下が黒くなるはずのリーグ戦の表が、 今日は白と黒が反転し、何だか見慣れない不自然な表となった。

3勝0敗。

四回戦:vs 激指戦 ○

四間飛車 対 居飛車。
次は、今まで簡単に吹っ飛ばされ続け、ほとんど将棋になったことがない激指。今日の勢いをもってしても流石に 勝つのは難しいだろうと思っていた。

早い▲36歩に22手目▽55角と後手の角が誘い出され、手得に成功。 しかも激指玉は▽42銀▽33角と昨日どこかで見たような悪形になり、 少しよくなった感じ。52手目▽46歩は少し嫌な手だったが、 構わず飛角交換を許したのが意外に良かったか? この辺りで端から行くか左から攻めるか最善手が揺れる。端に行けば 何となく勝ちそうな気がした。「端に行け」と念じていたら、61手目 制限時間ぎりぎりで▲15歩に変わった。運が良かった。
ここからはもう少し直接的な手を選ぶかと思ったら、 馬と竜を自陣に引き付ける曲線的な展開になり少し微妙に。ただ後手の 88手目▽82角もあまり良くなかったか。この辺り実は形勢は微妙に感じたが、 97手目▲32馬辺りからたまたま何かうまい寄せが見えたのかもしれない。 最後は後手が王手ラッシュをかけてきて勝ちになった。

激指に勝ったのは本当に嬉しかった。激指は最初に選手権に参加した年の優勝チームで、 長年の目標だったので。

4勝0敗。文殊、GPSも4勝で、今年の優勝はこの3チームに絞られた。決勝シード3チームは 陥落が確定。ついに完全なる革命が確実となった。 最早誰もが下位チームの実力を疑い得ない展開となった。 ただ私はこの時点でも全くドキドキしていなかった。 統計的事実として、少なくとも文殊には勝てない確信があったので。

五回戦:vs GPS戦 ●

居飛車 対 四間飛車。
戦前は、GPS将棋さんには失礼ながら、おそらく全敗対決で、 初勝利を巡る戦いになると思っていた。いやはや全勝対決とは誰が予想しただろうか。 今大会の優勝を占う大一番で注目を浴びたので、良い将棋になって欲しいと 思っていた。

相穴熊からいきなり角交換する決戦。この瞬間は後手の方が堅く有利かと思ったのだが、 ▽88角成から▽21金は少し強引だったか。穴熊を薄くする旨みを感じて行ってしまったと 思うが、11の金も相当のマイナス。結局この金が最後まで「泣いた」。 この辺りは先手玉が薄くまだまだやれるかと思ったが、飛車を抑え込む感覚、玉に銀を引き付ける感覚、 が実に優れていた。 二枚目のと金を作ったのも幸便で、この辺りで敗勢を感じた。84手目▽75歩辺りからは悪いなりに上手く手を作ったと思うのだが、受けも絶品で どんどん形勢に差を付けられてしまった。最後まで▽11金を取らないのもさすが。昔のソフトなら とっくに取っていただろう。今年のGPSは、こういう真綿で首を絞めるような攻めが 実に上手かったように感じた。

4勝1敗。直接対決に負けたため、選手権のルールではこれでほとんど優勝の目がなくなった。 文殊も何と弟分?Bonanzaに敗れたためGPS将棋が優勝に王手をかけた。

六回戦:vs 文殊戦 ○

四間飛車 vs 居飛車。
前日は変な作戦で負けたので、今日は正攻法で行くことにした。

将棋は穴熊に囲ったまでは良かったのだが、いわゆる「パンツ脱ぎ」の好ましくない展開に。 さらに玉頭に歩を垂らされて、負けパターンに嵌ったと思っていた。 先手の角筋は大きいのだが、67手目▲75銀と使うようでは、またこの銀が 最後に「泣く」展開になるかと思っていた。角がぼろっと取れて喜んだのも つかの間、76手目▽47香が見た目以上に厳しいことが分かった。みるみる評価関数 が下がっていく。ただ90手目▽18飛とか92手目▽43金とかの組合せが少しずつ ちぐはぐで何だか良く分からなくなってきた。ただ先手玉は丸裸でずっと悪い と思っていたのだが、この後も108手目▽67角とか116手目▽71角とか 文殊側に少しずつ感触の悪い手が出て、いつの間にか逆転したようだ。最後は▲75銀も しっかり働き、勝ち将棋鬼の如しという展開になった。 絶対勝てないと思っていた文殊にまで快勝。

5勝1敗。文殊が負けGPS将棋が勝利したためGPS将棋の優勝決定!!
大槻将棋も何と2位確定。
横にいたGPSチームは優勝インタビューを受けていた。 あの将棋を勝っていたら自分がインタビューを受けていたかも、 と思わなくもなかったが、むしろ回答に窮していたかもしれない。
 

七回戦:vs 習甦 戦 ○

四間飛車 対 居飛車。
最後は習甦。習甦は冒頭でも紹介した通り2年目の参加だが早くも決勝進出。 去年も今年もお互いよく勝っていたにも関わらず二次予選では奇跡的に当たらなかったため、 これが初対戦。六回戦では大槻将棋が勝ってGPSをアシストしてしまったため、最終戦 は例年通り消化試合のオンパレードになってしまった。

将棋は相穴熊になったが、後手の薄い3筋に飛車を振り戻してよい感じの展開。 善悪は不明だが、金がぐるぐる回る感じが駒落ちの上手みたいな指し回しで強そうな感じがした。 たまりかねた後手が60手目▽33桂と跳ねたがこれが後に悲劇をもたらした。 73手目▲75銀が「次の一手」みたいな格好良い手で、前の桂跳ねのために、以下81手目の▲61飛成で王手飛車が決まった。 以下、上手く竜を作って優勢になり、その後はうまく習甦の攻めを切らして快勝となった。

最終成績は6勝1敗の2位。GPS将棋はジンクス通り最終戦に負けたため同率首位で並ぶことになった。

おわりに ---今大会をふりかえって---

今大会は、これまで7回参加してきた中で最高の2位となり、ついに決勝シード権を手にした。 ただし、実力は4-5位かなと言う感じ。 今回の自戦記に「運よく」が何回出てきたか数えてみると、大躍進は偶然が大きな部分を占めていたことが分かる。 サイコロを振ったら、6回連続で1の目が出たような感覚である。まあその程度(?)のことは、そう珍しいことでもなく、 結構選手権の決勝というのはこんなものかもしれないなと思った。 2位は惜しいとも言えるが、予選に落ちかかった身では、あまり大きなことは言えまい。
とは言え、「あれっ、実はあんまり差がないの」、と勘違いできたことが今回の成果か。

今大会全般の印象としては、かなり序盤力が上がってきたと感じた。 ちょっとした悪形をとがめたり、とがめられたりすることが多くなった気がする。
またコンピュータも段々「手得」を主張できるようになってきたのではないだろうか? 手損した方が不利になる展開が多く見られた気がする。

また、A級リーグさんの活躍がかなり目を惹いた。あまりお話できなかったのがとても残念。 現状でも毎秒1000万手以上探索できるとのことで、まともに組めばまともな強さになるという当たり前の ことが証明されつつあるように思った。 素人考えでは、Bonanza で学習した200MBの評価関数をそのままハードに乗せて、10サイクル位で末端評価し、 かつASICで10億ノード/sec 探索みたいなことが可能ならば、Bonanza の100倍くらい強いソフトができるの ではないかと思う。誰かやってみませんか? 結構先立つものが要りそうですが。

大槻将棋の現状の課題は、やはり評価関数だと思う。どうしても私でも分かるような酷い手が出てしまい、なかなか制御が難しい。
ボナメソを使っているソフト共通の課題と思うが、棚瀬将棋やGPS将棋では次第に克服されつつあるように見える。 ただこの課題も、ここ1,2年の内にほぼ解決されていくのではないか、と思っている。

今大会が何となく盛り上がらない選手権になった責任の一端を担っているように感じたので、 来年こそは独自の手法で勝負をかけたい。と思いつつ、ボナメソの改良アイデアが今一番気になっている状況。


あくまで直感に過ぎないが、来年の選手権では、とてつもないものを見られそうな気がする。 おそらく棚瀬さん、鶴岡さん、山下さん達がとんでもないソフトを投入してきそうな予感がするのである。 そして、おそらく優勝ソフトの実力は、遂に完全なるプロレベルに到達する、と予想しておく。

X-dayは静かに、そして確実に近づいている。

大槻将棋としては、今年は有難くも決勝シード権を頂いたので、来年の選手権で、決勝より 二次予選の方がレベルが高かったとか言われないように精進したい。

そう言えば全く忘れていたし、実現不可能と思っていたが、去年の自戦記に、目標は決勝シード権と書いてあった。
(優勝と書いておけばよかった・・・)
よって縁起をかついで、来年の目標は  優勝。

ということでまた来年。

2009.5.20 大槻知史