第18回世界コンピュータ将棋選手権決勝自戦記




さて、優勝を目指すプログラマにとっての正真正銘「コンピュータ将棋界の一番長い日」がやってきた。
しかし私のようなプログラマにとってはエキシビションに等しく、それ程の緊張感はない。というより二次予選が終わると既に精神的に疲れ果ててしまっている。
早く二次予選に出なくて済むようになりたいものである。

一回戦:vs 激指戦 ●

横歩取り。
初戦は優勝候補の本命と見ている激指。
選手権では珍しい横歩取り。しかしなぜか▲24同飛 と取る手で既に定跡を外れている。横歩を取る▲34飛からはまた定跡局面に回復。何かバグがあるのだと思うが、こういう所はきちっと作らないと・・・。

激指は20手を超すと必ず自力で考えるようにしているのだろうか?ここからは、1手1手じっくり時間を使ってくる。 30手目▽51金に1分40秒。▽24歩に51秒。▽86歩に何と2分。この間我が大槻将棋は序盤はどうでもいいので9秒しか考えないモードとなっている。こういう所は細かいが重要なところである。横歩取りは一手一手がきわめて重要なので。しかし、一体どうやって時間管理しているのだろう・・・

角交換して41手目▲82歩が多分やり過ぎで大決戦となってしまった。
ここからは随分難解な中盤だが、どうやら少しずつ読み負けているようだ。73手目辺りでは大槻将棋は-200点くらいだったが、激指は既に-1000点を超える後手有利の評価とのこと。どうやらほぼ読み切られていたらしい。 この辺り村山先生には、大熱戦と随分褒めていただいたが、ソフト同士では後手優勢で一致していたようで、隙は全くなかったように感じる。最後はわざと詰めろをかけさせて華麗な詰めろ逃れの詰めろの▽38角が決め手となった。対戦していると明らかに探索深さに差があるということを、ひしひしと思い知らされた。全く強過ぎる。

0勝1敗。

二回戦:vs 棚瀬将棋戦 ●

四間穴熊 vs 居飛車穴熊。
次は、一年間みっちりBonanzaメソッドにおけるfeatureを追加したという棚瀬将棋。この時点では全く未知の存在。

お互いがっちり穴熊に組み合って41手目、先手から▲75歩と仕掛ける。54手目▽96歩がどうだったか?もう少し手厚い手で力をためておいたほうがよかったようだ。この辺りからあっというまに悪くしてしまった。それにしても攻める暇を全く得られず一方的に押し切られてしまい、全く歯がたたなかった。途中大盤では、大槻将棋は良い粘りをしているとのコメントを頂いたが、この将棋もまた、途中からはソフト同士で先手優勢の合意の元に進んでいた。 棚瀬将棋に居飛穴をさせた時点でかなり厳しいのかもしれない。

0勝2敗。
 

三回戦:vs YSS戦 ●

相矢倉。
次は言わずと知れたYSS。市販ソフトの一角である。

今日は何故だかうまく囲うことができ、この将棋も無事矢倉になった。
65手目▲74歩から桂と銀の取り合いになり、と金が残って多少良さそうなわかれ。しかし、77手目▲55桂はあまり良くない手で負担になってしまったようだ。この後桂を交換した後の91手目▲43桂もあまり筋のよくなさそうな手、働いていない飛車を取るために桂2枚を捨てるのはやりすぎだろう。

しかし、この後の後手の▽56桂から▽48銀もあまり良くなさそうで、形勢が混沌としてきた。この辺り何かありそうな局面ではあった(大槻将棋の評価は一時2000点近くまで達していたようだ)が、結局発見できず入玉されてしまった。入玉将棋は苦手で勝負は決した。

0勝3敗。今回も1勝もできないのではないかと不安になってくる。

四回戦:vs 柿木将棋戦 ○

居飛車穴熊 対 三間飛車穴熊。
四回戦は前日の二次予選の最終戦で当たった柿木将棋との再戦。今度は居飛車穴熊対三間飛車穴熊となった。

将棋は45手目▲55歩の仕掛けからと金を作る展開。54手目▽45歩があまり良くなかったようで、ここから純粋香得となり相穴熊ではかなり大差になったようだ。69手目▲13銀は流石に重く悪手だろうが、どんどん駒得を拡大し、大差の将棋になった。この将棋は学習評価関数の良い部分が出たと思う。

1勝3敗。2年越しの決勝初勝利!!

五回戦:vs Bonanza戦 ○

相矢倉。
次は前日金星を上げたBonanza戦。この相性を生かしたいところ。

この将棋も無事相矢倉に囲うことに成功。二次予選は下位相手だったので、なめていたのかと怒られそうだが、そんなことは全くない。多分定跡の相性なのだろうと思う。

しかし38手目▽42銀左はおかしな手。桂の当たりを避けるなら▽24銀がセオリーだろう。▲35歩からの仕掛けが必要以上に怖く見えたか。47手目▲13桂成と成りこまれたものの、玉自ら桂をパクリにいく。いかにもまずそうだが、実戦は城外に逃げ出してぎりぎり耐えているようだ。55手目▲75歩が有難い手で、後の攻めの拠点となった。しかし60手目▽86歩以下の後手の攻めは少し急ぎすぎのようで、再び攻め込んだ先手が有利となったようだ。ただ、79手目▲28角辺りからのBonanzaの応手が少しづつ緩手だったようで、92手目▽18飛と打ち込んだ辺りでは、再逆転しているかもしれない。以下はうまく寄せることができ、昨日に続き制勝。やはり相性が良いのかもしれない。

2勝3敗。

六回戦:vs 備後将棋戦 ●

横歩取り。
前日は途中から押し切られてしまったので、今度こそ頑張りたいところ。

将棋は今日二度目の横歩取りで、先手中住まいに後手中原囲いに。 備後将棋も激指同様、定跡を外れた瞬間からは1分近く考えてくる。横歩取りで、このように時間を使えるのはある意味参考になる。ちなみに大槻将棋は1手16秒しか考えていない。

将棋は37手目▲74歩からいきなり激しくなり、大槻将棋は両桂を跳ねて玉頭に殺到する狙い。しかし、多分これはやりすぎで、40手目▽45桂の辺りでは、一旦角筋を受けて収めた方がよかったかもしれない。 46手目▽69銀も少し無理気味の手だったか?ここからは相当駄目になったようだ。

しかしこの後何だか良く分からないが、手数だけはもの凄く稼いだ。人間相手だったら少しは効果があったかも知れないが、疲れを知らないコンピュータ相手には無駄な努力だったようだ。最後はあわよくば入玉という展開にはなったが、しっかり寄せきられてしまった。

2勝4敗。
 

七回戦:vs 奈良将棋 戦 ○

四間飛車穴熊 対 居飛車左美濃。
最後は前日惜しい将棋を大逆転された奈良将棋。大勢に影響はなかろうが、ここを勝つか負けるかはお互いに大違い。いわゆる来年の順位一枚を争う大事な一番である。

先手は▲79銀が立ち遅れたものの、いい感じで歩を交換して、有利かと思ったが、57手目▲66歩から桂を殺している間に、逆に玉頭から盛り上がられてしまい、70手目▽42飛と回られた辺りでは、歩切れということもあり、逆に相当の劣勢になってしまった。しかし、74手目▽56歩が少し指し過ぎのようで、待望の歩を得ることが出来た。と思ったのも束の間、78手目▽47銀というえらく厳しい手がやってきた。これは負けたかと思ったが、ここで▲54飛というもの凄い勝負手があった。この手が次の▲35桂を見てかなり厳しい手。厳密にはこの先何か受けがありそうだが、本譜はここから流れが変わり、あっという間に逆転してしまった。二次予選のBonanza戦の▽87銀といい、今大会は何度も巧い勝負手を見つけ出し、幸運であった。

最終成績は3勝4敗の6位。

エキシビション

残念ながら選手としては参加できなかったエキシビションは観戦にまわった。

エキシビション第一局 棚瀬将棋 対 加藤さんの対局。これは人間側の不出来な将棋だったように見えた。もちろん隙を逃さなかった棚瀬将棋は素晴らしかったのだが、慎重に慎重に指した手の中で一瞬魔が差して、後は取り返しがつかないということは人間ならばあるだろうという気がした。今のコンピュータソフトに対し、一度劣勢になってしまうと、相当取り返すのは厳しいだろう。特に粘りの効かなそうな戦形だっただけに。

投了の瞬間、静寂というか何というか一瞬透明な時間が流れた。
そして対局者と開発者をたたえる拍手。
ついに人間側の牙城の一つが崩れた。

エキシビション第二局 激指 対 清水上さんの対局。この将棋は清水上さんの最も得意とする形から優位を築いたらしい。しかし、そこから負けられないプレッシャーからか清水上さんは慎重に慎重に手を進めていく。そして61手目▲75銀、満を持して指した攻撃手の刹那、激指の予測読み通りの▽66歩が放たれる。いかにも人間の盲点となりそうな、しかもコンピュータなら絶対に逃さなそうな焦点の歩が炸裂した。この手を境に局面は激指ペースに振れた。ここから30秒将棋では、プロでも相当厳しいだろう。途中で勝又先生の解説が止まってしまった。もちろん対局者に対する気遣いもあろうが、激指のあまりにも強い指し回しに驚愕しているように見えた。

第一局の人間の隙を的確についたコンピュータの勝利、第二局の安全に優位を拡大したい人間を上回る読みで得意の捻りあいに持ち込んだコンピュータの勝利。どちらもコンピュータの得意な展開になったこともあり、コンピュータの完勝とも言える内容であった。20XX年にプロ棋士が最初に負ける将棋もこういう将棋になるのかもしれないなと思った。

加藤さんも清水上さんも平均的なプロレベルに近い実力者であると考えられるので、この結果により、コンピュータ将棋は30分程度の将棋では、遂にプロに匹敵するレベルに到達したと言うことは一応できると思う。

それにしても、今回の激指と棚瀬将棋の指し回しは本当に強かった。コンピュータの終盤は、これまでもかなり正確であったと思うが、今回は両対局共に、中盤以降で悪手らしい悪手がほとんど見当たらなかった。(と私が言うのも何だが、コンピュータの悪手というのは見れば分かるものである。)もしこれが偶然でないとすると、人間側が勝つことは相当に難しくなったと言えるだろう。

将棋というゲームにおいては、序盤である程度有利になっても、やはりどこかで多少のリスクを冒さなければならないと考えられる。そのリスクに対し、コンピュータが正確に応接できるとなると、相当仕掛ける気が起きないだろう、と思う。そうなると今後は、序盤の我慢比べで、コンピュータと人間どちらが先にミスをするかという勝負になるのかもしれない。

懇親会で加藤さん曰く、今回の棚瀬将棋には、自分の第一感と異なる手がほとんどなかったとのこと。絶対負けられない勝負では、必要以上に警戒してしまい、手が伸びなかったかもしれないという気もする。加えて棚瀬将棋については、未だ決勝とエキシビションの棋譜しかないため棋風が分からないなど、未知の恐怖があった点、少し人間側にプレッシャーがかかり過ぎたのかもしれない。今後は人間側が持てる実力をフルに発揮できるような環境の勝負を見てみたいと思った。

おわりに ---今大会をふりかえって---

今大会は、これまで7回参加してきた中で最も満足度の高い結果を残すことが出来た。順位は6位だか、勝ち負けのみを見ると3-6位は僅差で、3位グループに入ったと言うこともできる。YSS戦と備後将棋戦の内容をみると、まだまだ及ばないような気もするが。

ただし上位2チーム、激指、棚瀬将棋は明らかに頭一つ抜けているように思えた。
激指は昨年の時点で既に、深さnに対し2^n 程度の探索時間となる探索制御手法を確立し、今年はさらに磨きがかかっていたようである。一方、棚瀬将棋はプロも感嘆するほど人間の感覚に近い評価関数の設計に成功したようである。この圧倒的な読みの深さと圧倒的な評価関数の正確さに対抗できることが、彼らに追いつく必須要件であろうと思われる。

ちなみに、この2つの成果は両立可能と思われるので、技術的観点としては激指の究極の探索制御手法と棚瀬将棋の究極の評価関数を組合せたら一体どれだけ強いソフトができるのだろうかと思った。


最後に大槻将棋の現状の課題について考えてみる。

大槻将棋の1個目の基本的な課題としては、やはりまだ評価関数の学習の甘さにより、人間では考えられないような形に組むことがあることだろう。矢倉の▲67金左や美濃囲いからの▲18香が代表例。棋理戦の▲58金左やK-Shogi戦の▽71金などもかなりまずそう。ただ、この辺はもう少し頑張れば直りそうな気もする。

2個目のもう少し高度な課題としては、攻めと受けの速度計算に問題があったような気がする。負けた将棋では、力をためるべきところで無理やり攻めてしまった手が目立った。短絡的な手が目立つのはひょっとすると、深いところで枝を刈りすぎている副作用かもしれない。

後もう少し長期的な課題として、
・指し手生成(探索範囲の制御)をどうするか?
・評価関数のfeature や学習方法をどう改良するか?
・入玉将棋の評価関数をどう改良するか?
・序盤の定跡をどう制御するか?
はそろそろ手を付けなければいけないと思っている。来年も同じことを書かないようにしなければ・・・。

来年の目標はもちろん決勝シード権。
(という位のつもりでいないととても決勝進出はおぼつかなそう)

ここまでくると強くするための王道はない気がする。そもそも強くなったかどうかを評価することがどんどん困難になってきている。各モジュールの精度を地道に上げていくのか?それとも、全く新しいやり方を編み出して強くするのか?いずれにしても、トップソフトがプロに勝利する前に何とか追いつかなければならないとすると、残された時間は余りにも少ない、と思えた今年の大会だった。

2008.5.11 大槻知史