第18回世界コンピュータ将棋選手権二次予選自戦記

今年も、コンピュータ将棋選手権に参加してきました。 大槻将棋は、5/4の二次予選を勝ち抜くことが出来、5/5の決勝にも参加することができました。 今大会の大槻将棋の結果は、決勝で3勝4敗で6位となりました。

これまでの最高順位が一昨年の8位だったので、最高順位を更新することが出来ました。一昨年の決勝進出はかなり幸運だったと思うのですが、今年はそれなりに実力で抜けた感触があり、漸く決勝シードプログラムの背中がかすかに見えてきた気がします。

 

大会前のお話

今年は、学習した評価関数が漸く安定し、駒得重視のコンピュータ相手でも昨年のような変な負け方をすることは少なくなっていました。また、人間相手でも序盤からがんがん仕掛けることができたり、中終盤の粘り腰がさらに強化されたりと、かなり強くなった感触がありました。実際将棋倶楽部24のレーティングも、信じられないことに、一挙に2700近辺まで上がりました。

今回の一番の改良点は、Bonanza メソッドによる評価関数を進行度込みで学習させたことです。
具体的には、各評価項目の評価値を従来の1パラメータで表現する方式から、序盤(進行度50以下)の評価値v0と終盤(進行度100以上)の評価値v100の2パラメータによる表現に変更し、
序盤(進行度s : s ≦ 50)の評価値は v = v0
終盤(進行度s : s ≧ 100)の評価値は v = v100
中盤(進行度s : 50 ≦ s ≦ 100)の評価値は v = (v0 * (100 - s) + v100 * (s - 50))/50
という多項式で表現することとしてみました。この場合、パラメータの総数が2倍になり、かつ実際の探索時に、序盤用評価値と終盤用評価値を同時に更新する必要があり評価用の処理が重くなりますが、学習手法自体はほとんど変える必要がありません。実際、駒の位置関係等の駒割以外の評価項目について、序盤は評価値の絶対値を小さく、終盤は評価値の絶対値を大きくすることに成功し、Bonanzaメソッドに自然な形で進行度を入れることができたと考えています。

とは言えまだ変な形に組んでしまうことも多く評価関数は要改良とは思っています。 Bonanzaの保木さんや棚瀬さんとお話した感じでも、まだまだfeature の取り方等、様々な改良の余地があると感じました。


二次予選

さて、今年も「コンピュータ将棋プログラマの一番長い日」???がやってきました。

前日の一次予選勝ち上がり組8チームに二次予選シード16チームを加えた24チームにより、決勝進出5チーム と来年の二次予選シード16チームを掛けた熾烈な戦いが始まります。今年も本命Bonanzaを除くと上位は大激戦と言われ、壮絶な順位争いが予想されていました。

将棋プログラムなど大して金にもならぬものを何故膨大なコストを投入して開発し続けているのか?
その理由の一つは、この日のとてつもないプレッシャーの中で、1勝の喜びを味わうためなのかもしれませんね。
(もちろんもうちょっと崇高な目標もあるのですが・・・)

以下、二次予選自戦記です。
なお以下の棋譜表示には、勝田将棋盤 V2.3 を使用させていただいています。

一回戦:vs マイムーブ戦 ○

居飛車 対 三間飛車。
2年連続で負けている二次予選の初戦。一次予選2位通過で最近伸び盛りのマイムーブが相手。何となく嫌な感じが漂う。

24手目▽44角は大槻将棋が大好きな手。相手玉が28にいる時によく指すので、相手玉の周辺に利きを付けて喜んでいるのだろうか?これだけならともかく26手目▽33桂とした、▽33桂▽44角はかなり怪しい形。玉が薄くなってしまった。

とは言え、今年は変な形のままでも、勝ちきれそうな雰囲気はあったので、それ程心配はないはず、と自分を納得させる。先手の29手目からの▲74歩▽同歩▲同飛が少し無理筋で、▽86歩に対し、受ける手がなくなってしまった。ここからは多少相手の攻めを呼び込み気味で怖くはあったが、きっちり勝ちきった。しかし、大優勢なのだから、竜当たりを放置したまま攻めなくても良いと思うのだが・・・。

1勝0敗。

二回戦:vs 竜の卵戦 ○

相矢倉。
竜の卵とはもの凄く相性があるらしく(?)選手権では、6年連続7回目の対戦である。しかも二次予選では過去5回の対戦全てが、ラスかラス2のもの凄く大事なところで当たり続けてきた。過去1勝6敗で苦杯を舐め続け、特にここ数年は大槻将棋にとっては引導を渡され続けてきた。今年は当たったものの拍子抜けする2回戦での対戦。とは言えここで負けるのも苦しいことには変わりない。厳しい相手である。

将棋は相矢倉。直前の努力も空しく矢倉囲いの途中で定跡を外れると、▲67金左(後手では▽43金左)という怪しい手を指し、矢倉囲いに正しく囲えない傾向が見られたが、定跡の運が良く無事22に入城した。お互い端の位を取り合って、44手目。後手から▽35歩と突く仕掛け。ここから一直線の攻め合い。正しいのか良く分からないが結果的に後手だけと金を作って抑え込む展開に。後は先手の飛角を抑え込んであっという間に攻略した。宿敵竜の卵に完勝の内容で、手応えをつかむ。

2勝0敗。
 

三回戦:vs 奈良将棋戦 ●

相居飛車角交換。
奈良さんとも比較的よく当たっており、去年に続く対戦。今年は評価関数の学習に成功されたようで、実に強くなられていた。

17手目▲58金左は悪手。▲58金右なら何の問題ないのだが、ここで学習の副作用が出てしまった。これが後の波乱につながる。50手目後手から▽65歩と仕掛け、お互い薄い形からもの凄い切りあいになる。評価値は原点付近を行ったり来たりする大熱戦。お互いはがしあって、89手目▲64歩からさらに激しい切りあいに。しかし、90手目▽66歩はやりすぎだったようで、91手目▲63歩成の局面は、後手玉が詰めろで先手玉は詰まず勝負あったかに見えた。

しかしここで後手▽43金が大勝負手。大槻将棋は頓死筋に気付かず、▲53香と打ってしまった。▽同金で後手に香が入った瞬間に何と先手玉が詰めろとなり、かつ後手玉の詰めろが消えるため、絵に描いたような詰めろ逃れの詰めろで大逆転してしまった。▲53香のところ、人間ならば駒を渡すのが怖いので▲64桂と打つとのこと。こういう考え方は非常に参考になる。投了図は49の金が泣いている。この金が69に居たらまるで違う展開だっただろう。

2勝1敗。味の悪い1敗。1敗すると急に胃が痛くなる。

四回戦:vs 棋理戦 ○

居飛車 対 三間飛車。
棋理は、参加2年目の新進ソフト。昨年の「遠見」から名前を変えられていた。

将棋は後手石田流の出だしから9手目、この局面で定跡から外れたようで何と▲58金左。矢倉の▲67金左は まだしもだが、この局面の▲58金左はほとんど収拾不能な大悪手。

将棋は何やかやと後手陣に歩を垂らすことに成功し、後手は水平線気味に暴れてくる。しかし、受け方が中途半端で、切らしたかと思うとまた52手目▽66歩と垂らされてといった嫌な展開が続く。大槻将棋は自陣に角を投入して頑張る。61手目▲11とは香取っている場合じゃないだろうと素人目には見えるが、この香を67手目▲68香と打ったところでは、どうやら完全に切れたようである。実は読み切っているのだろうか?少なくとも人間にはとても指せない手順だろう。以下はここまでの恨みをはらすかのように完全に飛車を取り切り、死ぬ程冷たい指し方で勝ちきった。

棋理は、最終的に決勝進出の次点までいった。本局の差し回しも粘り強く何度も冷や冷やした。 来年はますます強くなっていそうな予感がする。

3勝1敗。

五回戦:vs 備後将棋戦 ●

四間穴熊 対 居飛車穴熊。
次は前評判の高い備後将棋。2年ぶりの対戦である。

序盤43手目▲34銀と出た辺りは1本取ったはず。51手目▲43銀成から▲46歩が巧い攻めで▽32金を上ずらせたことにより、優位を拡大したように見えたが、▽45歩の位と先手の歩切れにより、実際の形勢は微妙だったか。
ここから備後将棋は巧い指し方で決め手を与えない。▲68飛は悪手だったようで、この後▽46銀から一枚剥がされたのは実戦的には大きそう。以下の攻防は非常に難解であった。93手目▲43金と飛車を取った局面は、先手は後1-2手あればほとんど後手玉に必至を掛けられそうなので、駒を渡さない2手空きと1手空きでどこまで先手玉に迫れるかという展開。備後将棋の恩本さんによると、97手目▲48歩が問題で、▲69飛としておけばまだまだ粘れたとのことだが、この辺りどうも既に負けているように見える。以下は圧倒された。

3勝2敗。Bonanza戦の負けを計算すると、もう1個も負けられなくなってしまった。

六回戦:vs K-Shogi戦 ○

四間穴熊? 対 居飛車穴熊。
去年から完全スイス式となったこともあり、この辺りからの相手は全て強豪。K-Shogiは昨年の決勝進出ソフトである。

先手K-Shogiのオーソドックスな居飛車に対し、藤井システム風の出だし。 27手目▲86角が幸便で、▽63銀と受ける。薄くなって嫌な感じと思ったら、ここから▽92香と穴熊を目指す。 人間相手だと組み切れなそうだが、コンピュータ相手では良さそうな選択。左金も寄せていい感じと思ったが、 71金よりは72金の方が良さそう。玉との2駒関係に引きずられたか?

ここからは、竜を作った後手の攻めと、馬を作った先手の受けのどちらが勝るのかという攻防。途中後手の攻めが息切れした感じとなったが、89手目▲21馬が馬筋を逸らしてしまう悪手で、ここからは後手がかなり盛り返した。▲102手目▽66銀が格好良い手だがまだまだ難しい。最終的には111手目の▲95香が1手パスのような手でここからは後手が良いようだ。以下はうまく攻めて勝ち。先手からはいつでも▲18飛と活用する手があったが結局最後まで残ってしまったのが痛かったか?こういう難しい攻防を制すことができたのは自信となった。

4勝2敗。
 

七回戦:vs TACOS 戦 ○

四間飛車穴熊 対 居飛車急戦。
TACOSも最近連続して決勝進出している強豪。一時期全く勝てなかったが、最近は勝ったり負けたりの相手。

今回はうまく穴熊に入城し、将棋も相当巧く立ち回って、ほぼ完全な抑え込みに成功。73手目▲65同銀と桂得した辺りでは、必勝に見えた。しかしここから大変なことになった。取った桂を85手目▲34桂と跳ねたところでは、相当良いように見えたが、意外にこの後の攻めが難しかった。やむを得ず89手目▲15歩から端を攻めるも、逆用されてかなりまずいことになった。116手目▽34銀から▽42玉がなかなかの手で後手玉は相当寄らなくなった。とは言え、やはり序盤の形勢差が大きかったのか、逆転には至らなかったようだ。危なかったが辛勝。

これで5勝2敗。何とか決勝まで後1勝という所までこぎつけた。

八回戦:vs Bonanza戦 ○

矢倉模様から居飛車力戦。
この時点でBonanza全勝。以下は1敗がいなくなり、2敗チームだらけの大混戦となった。ここでBonanza。そろそろ当たると思ったが、大本命の強敵である。ここで負けると背筋が寒くなり、負けられない最終決戦に挑むこととなる。

矢倉模様と思ったら、いきなり26手目▽43金と上がってしまう。直前のチューニングで対処しきれなかった不具合がここで出てしまう。これでも一局と思っていたが、さすがはBonanza 瞬間▲24歩 といきなり咎めに来た。この後角銀交換の駒得とはなったものの竜を作られてしまった。41手目▲23歩から▲43竜で完全にやられたかと思ったが、ここでは▽41角というぎりぎりの受けがあり何とか受かったようだ。

以下は竜を追い返し持久戦に。ここからは、先手は右の桂香を使うのがセオリー、後手は体勢を立て直してできるだけ暴発せずに反撃を狙うのがセオリーとのことだが、コンピュータにはどちらも難しかったようだ。 先手は右の桂香を使えず持ち駒を打つ攻めに。後手は、何とか切らそうとしていたが、97手目▲54桂に対し、遂に98手目▽同角と暴発してしまった。

104手目▽69銀は待望の攻めの手ではあるが、これは竜の利きの強い先手に対しては、ほとんど攻めになっていないとのこと。113手目▲57金でほとんど切らされてしまった。しかし、114手目からの▽86歩▲同歩▽65歩が真剣師を髣髴とさせるような勝負手。▲87香と打っておけばなんの問題がなかったが、▲58金とこの銀を触ってしまったため、ここから▽87銀というもの凄い勝負手が生じた。この後Bonanzaの時間切迫もあり、何と逆転してしまった。大物食いの特技がまた出た。

6勝2敗。
本命Bonanzaに土を付け、何と何とこの時点で決勝進出をほぼ確定という望外の展開。(2敗の中でソルコフトップ)

九回戦:vs 柿木将棋戦 ●

向飛車 対 三間飛車の相振り。
最後は共に決勝進出をほぼ確定させた柿木将棋との戦い。

31手目▲84歩から8筋で金銀交換に成功し、少し先手有利そうなわかれ。 しかし、59手目▲18香でまた美濃穴熊を目指してしまう。この手は随分抑制したつもりだったのだが・・・。

角交換して、67手目▲31角から▲22金は少しやり過ぎか?さらに93手目▲32金から▲41金の構想がやり過ぎで、 この手から難しくしてしまったようだ。ここで読み筋通り▲61銀としておけばまだ何とかなりそうであったが、 水平線気味に▲84歩といってしまい決定的に悪くなってしまった。以下は割と評判の良い粘り方をしたようではあったが、コンピュータ的には勝負がついていたようである。

結局、6勝3敗の4位で決勝進出。

浮いたり沈んだり色々あった長い一日が終わった。年々熾烈さを増す二次予選、毎年思うが楽に勝てる勝負など一つもない。とにもかくにも決勝の舞台に再び立てることとなった。
決勝編に続く。