競争への投資 − SPARCの経済的基盤 −

メアリ・M・ケイス[著];尾城孝一[訳]


本稿は、下記の原論文を著者の許諾を得て翻訳したものである。
Article Title: "Capitalizing on Competition: The Economic Underpinnings of SPARC"
Author: Mary M. Case
Originating URL: http://www.arl.org/sparc/core/index.asp?page=f41


図書館コミュニティは、15年以上にわたり、とどまるところを知らない学術情報資源の高騰に直面してきた。こうした状況を作り上げてきた要因はいくつか挙げることができるが、そのなかでも根底に関わるファクターは、学術出版の商業化である。この間、図書館は高価格の影響を緩和するために数多くの戦略を試みてきたが、SPARC(Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition)の発展によって、やっと目に見える成果が現れ始めてきた。

本稿では、現在の図書館を取り巻く状況を再検討し、科学、技術、および医学分野の出版市場を形成する諸要素について概観する。その上で、学術出版市場における競争の促進を要請するさまざまな動向について手短に論ずる。さらに、著者と購読者のために、高額商業出版物との競争を意図し、低価格で価値の高い代替誌を導入することをめざした重要なイニシャティブであるSPARCについて検討することとしたい。

1. 状況分析

図書館は、過去15年にわたり、学術情報資源の価格と図書館の購買力との間に横たわる徐々に広がりつつある格差との苦闘を強いられてきた。120を越える北米の大規模研究図書館から構成される、メンバー制の組織である北米研究図書館協会(Association of Research Libraries: ARL)が収集してきたデータによれば、研究図書館による雑誌に対する支払い単価は、1986年から1999年の間に207%の上昇を示している[1]。雑誌に費やすコストが年間9%の伸びを示しているのに対して、図書館資料購入費の年間上昇率はわずか6.7%にとどまっている。図書館は、こうした大幅なギャップに直面して、もはやその購買力を維持することができなくなっている。平均的な研究図書館は、1999年に1986年に比較して170%もの経費を雑誌に投入しているが、それでもなお購読タイトル数は6%の減少を示している。さらに劇的なことに、図書の購入は26%も減少している。こうした大幅な図書市場の衰退に対処するために出版社の採りうる選択肢は、価格引き上げ以外に残されていなかった。(もちろん、雑誌出版社による値上げほどの率は示してはいないが。)1999年、図書の単価は1986年にくらべて65%の上昇を示していた。比較のために同時期の他の指標をいくつか挙げてみると、消費者物価指数は52%の上昇[2]、大学教官の給料は68%の上昇[3]、また保険医療費は107%の上昇を示している[4]。

価格上昇による図書館予算の圧迫と期を一にして、新しい知識および新しいフォーマットの爆発的増加が一層の重圧として図書館にのしかかってきた。Ulrich's International Periodicals Directoryによれば、雑誌刊行タイトル数は、1986年から2000年の間に60%の伸びを示し、160,000タイトルを凌駕するに至っている[5]。これらのタイトルの大部分は非学術雑誌であり、研究図書館の収集対象にはならないものの、このデータは確かに雑誌出版界の活気ある状況を示していると言えよう。UNESCOの統計に従えば、1996年に850,000以上の図書が世界中で発行されている[6]。発行数上位15カ国のデータによれば、1985年から1996年にかけての図書生産量の伸び率は50%に達している[7]。その一方で、電子出版の急速な進展に伴い、査読付き電子ジャーナルのタイトル数は、1991年から2000年の間に、570倍に増加している[8]。このように情報資源の生産が世界規模で劇的に増大しているのに対し、利用できる情報資源の総量のなかで、研究図書館が購入できる資源の比率はますます低下してきている。1986年に16,312タイトルの雑誌と、32,679冊の図書を購入していた平均的図書館は、現在ではわずかに雑誌15,259タイトルと単行本24,294冊しか購入することができないのである[9]。

雑誌の全面的な高価格化、および憂慮すべき価格上昇率は、科学、技術、医学分野(STM)のタイトルに起因するところが大きい。これらの分野における価格上昇率は、少なくとも過去10年間、年平均9%から13%に達している[10]。図書館員の多くが、STM雑誌出版における商業出版社の勢力拡大が高価格の根本的な原因のひとつであると考えている。さらに、出版界において進行している合併に向けた動きによって、これまで以上の巨大な市場支配力を備えた少数出版社が現在の傾向をさらに悪化させるのではないか、という懸念が広まりつつある。

学術出版に占める商業出版社の割合が増大した結果、かつては研究者たちによって「無償供与の輪(circle of gifts)」とみなされていた学術流通活動に、市場経済の原理が持ち込まれた。研究者は常に、自らの論文を可能な限り広範囲に配信すること、および他の研究者の成果を基礎にして自らの研究成果を築き上げることに関心を抱いている。自らの知見を同僚研究者と共有し、自らの見解の先取権を主張するために、研究者は金銭的報酬を求めることなく、進んで自己の知的活動の成果を無償供与してきた。そして、こうした無償行為は、研究分野における地位と所属大学における昇進とテニュアの獲得という形で報われてきたのである。研究者は、自らの論文を託した出版社が、研究者自身の利益のために出版活動を行い、研究成果の広域配信を通じて学術研究活動を助成してくれるものと信じて疑わなかった。

長年にわたって、こうした構図は十全に機能してきた。出版社は専門領域の原稿を収集し、査読プロセスを管理し、定期購読のマーケティングを行うことにより、学問分野の形成を援助してきた。しかし、やがて少数の大規模出版社は、無料で手に入れたコンテンツを購入者である図書館に定常的に供給することから得られる潜在的な収益に気付き、それとともに価格の引き上げを繰り返すようになった。テノピール(Tenopir)とキング(King)による著書の第3章に記されているように、価格の変化に敏感な個人購読者がまず購読を中止した。しかしながら、やがて図書館も大規模な雑誌購読中止プロジェクトを立ち上げざるを得なくなり、その結果、アクセスの減少につながり、継続購読者は更なる価格上昇を負担することになった。今までより少数の部数を販売することが収益の増加につながるというのは、いささか腑に落ちない気がするかもしれないが、とりわけ出版社の合併というケースでは、こうしたことが現実に起こりうることが実証されている。(McCabe論文の第6章を参照されたい。)それ故、著者が望む広域配信は、最大の利益をめざす出版社の戦略と相反することとなる。

商業出版社はただ株主が期待することを行っているにすぎない、という認識を持つことは大切である。商業出版社はただ株主に対して責任ある行動をしているだけであり、それが商業出版社にとっての最優先事項なのである。しかしながら、株主の利益を守るために必要な行動は、しばしば、自らの論文を広く配布し、他の研究者の著作に容易にアクセスしたいという研究者の要求と矛盾することになる。

2. STM市場の非競争性

出版社の利益は、学術出版活動、とりわけ科学、技術、医学分野、さらにはビジネスや経済学分野の雑誌出版活動の本質を浮き彫りにし始めている。世界最大の雑誌出版社のいくつかは、Wolters Kluwer社とReed Elsevier社が所有する会社である。これらの会社のデータを雑誌出版界全体のデータを比較してみると、利益幅は2から4倍、株主資本利益率も2倍に達している[11]。ウィリィ(Wyly)はWolters Kluwer社とReed Elsevier社傘下の出版社の財務データを分析し、他の根拠と併せて、「高い率を示す株主資本利益率は、株主が競争の影響を受けない活動に投資することによって利益を得ているという、少なくとも潜在的な指標となりうる」(p.9)と述べている。

高い利益幅を示唆する証拠は、マッケイブ(McCabe)による論文の記述統計の第6章にも挙げられている。マッケイブのデータから、生物医学関係の1,000タイトルの価格は1988年から1998年の間に3倍となっているにもかかわらず、194の医学図書館による購読数の平均値はわずかに1.5%減少しているにすぎない、という事実が明らかになっている。マッケイブは雑誌に対する需要は価格に対して全く非弾力的であり、このことは出版社が市場力を行使し、その結果、高い利益幅が存在する十分な条件となりうる、と結論づけている。以上の情報から、学術雑誌市場は非競争的であると断定することができるであろうか。もちろん高い利益幅は必ずしも競争と矛盾するわけではない。高額な固定費が原因で、実際の利益額は低い可能性もある。しかしながら、マッケイブによる計量経済学的推測は、品質とコストによる補正を加えたとしても、過去10年間の価格上昇は相当な率に達していることを示している。このことから、やはり高額な利益が存在し、学術雑誌市場は非競争的であると言っても誤りではあるまい。

数多くの要因が、出版社の経営の背景となるこうした環境を形作っている。大学の教官は、自らの研究成果を同僚研究者と共有するために論文の発表を望んでいるが、それと同時に、昇任やテニュアのシステムおよび研究助成金の獲得という必要性に迫られ、論文の発表へと駆り立てられている。教官は自らが執筆した論文を当該分野で最も権威ある雑誌、あるいは論文が受理される可能性の高い雑誌に投稿しようとする。ある雑誌のタイトルが、インパクト・ファクター(ある年における雑誌中の論文の平均引用頻度)によって評価される名声を高めるにつれて、そのタイトルは著者と同時に読者でもある教官の関心を引き寄せ、その分野での権威あるタイトルとしての資質を帯びるようになる。教官は、自らの論文発表の場となる、こうした権威あるタイトルとその下に序列されるタイトルの両方を、所属大学の図書館が定期購読することを期待している。

現在および将来の研究者に資することを使命とする図書館は、予算の許す限り多くのタイトルを購入してきた。ひとたび定期購読を開始した雑誌については、劇的な価格上昇といった不測の事態が起こらない限り、それを見直すことは一般的ではなかった。(しかしながら現在では、利用頻度が低く、価値のないタイトル、あるいはもはや適切でないと見なされるタイトルを選別するために、定期的に雑誌タイトル全体を洗い直す図書館が増えつつあるが。)つまり、あるタイトルが図書館の雑誌コレクションの一部となると、それがキャンセルされる可能性はほとんど無きに等しかった。出版社による価格の引き上げに伴い、図書館は雑誌予算を確保するためにあらゆる努力を重ねてきた。しかし図書館ははからずも雑誌価格の現実から教官の目を背けさせてしまった。1960年代および1970年代に蔵書構築の専門化が進む中で、選書に責任を負う主体は、教官から図書館員へと移行していった。教官は自らの論文発表の場であり、図書館による購読を期待する雑誌タイトルに課せられる大学向け価格を意識する機会を失ってしまったのである。

市場の原動力を形成するもうひとつの要因は、名声の確立したタイトルとの競合、あるいは成長の見込まれる分野の新タイトル創刊をためらう学会の存在である。新分野やニッチ領域におけるニュータイトルの創刊は、定評ある学会誌から投稿論文を奪い取り、ひいては学会誌の影響力や財政的安定性を脅かすこととなった。かくして、著者は自らの利益を守るために商業出版社を投稿先として選ぶことになる。こうした新タイトルがそのサイズと名声を高めると共に、学会が財政的リスクを負ってまで商業誌と競おうとする可能性はますます低くなっていった。学会には、新雑誌が損益分岐点に達するまでの約5年から7年にわたる損失に耐えるだけの財政的体力は残っていなかった[12]。

図書館は、とどまるところを知らない雑誌価格の上昇に対処するために、数々の戦略を実行に移してきた。例えば、単行本の購入を劇的に減少させ、財政当局に特別予算の支出を要請してきた。さらに、こうした対策が十分な効果を持たないことが判明するや否や、何百ドルもの額に相当する雑誌タイトルの購読を中止してきた。図書館はまたドキュメント・デリバリ・サービスに目を向け、図書館間貸出のパフォーマンスを向上させる戦略を打ち立てた。共同蔵書構築プログラムの再活性化にも取り組んできた。さらに最近では、電子情報資源のサイトライセンス契約の導入によって、冊子体雑誌を重複購入する必要がなくなった。またコンソーシアムの形成は、幅広い複数の大学にコストを分散させることにより、個々の大学における購入単価の低減をもたらした。こうした戦略の全ては、大学がこれまで以上に効果的に予算を執行する手助けにはなったものの、非競争的環境のなかで活動する出版社が競争相手からの対抗的圧力を受けることなく、一方的に価格を設定できるという本質的なダイナミクスを転換するまでには至らなかった。

3. 競争原理導入に対する要請

1988年に、経済コンサルティングサービス株式会社(Economic Consulting Services Inc.: ECS)は、ARLの要請を受けて、1973年から1987年にかけての平均的雑誌購読価格と出版社の経費の動向に関する調査を実施した。この調査では、4大商業出版社(Elsevier、Pergamon、Plenum、Springer-Verlag)が発行する約160タイトルという統計学的に有効なサンプルの経年的なページ当たり単価と、同時期の推定出版コスト指数との比較研究が行われ、これらの雑誌のページ当たり単価の上昇は、出版コストの伸びを毎年2.6%から6.7%も上回っているという結論が導き出された。つまり、この4社は毎年33%から120%の営業利益をあげているという可能性が示された。ECSの報告書は以下のように結んでいる。「仮にこうした推定成長率が正確な数字であるとすると、図書館コミュニティは、雑誌出版ビジネスへの新たな参入者を援助し、大手出版社が所有権を握っていないタイトルの出版契約に関して競争入札を取り入れることによって、出版社間にこれまで以上の競争原理を導入するためのプログラムを開始するなどの方策を講じることで多大な恩恵を蒙る可能性がある。」[13]

ECSの調査に付随する契約報告の中で、アン・オカーソン(Ann Okerson)は、「雑誌の危機(serials crisis)」の原因を明確にし、この問題に立ち向かうための一連の行動プログラムを提案している。この報告書は、「雑誌の危機の中核を成すのは、学術研究成果の大部分が、非営利出版社が設定する価格の数倍の値段で商業出版社を通じて配信されているという事実である」と結論づけている[14]。報告書は、さらに以下のように続く。

良心的で、納得できる価格付けを行っている、伝統的な雑誌出版経路は既に存在している。例えば、いくつかの営利的雑誌出版社は、適正な価格で雑誌を販売しているし、非営利的な学会の多くは、以前から重要な出版社であった。また、大学出版局が雑誌出版における役割を大幅に拡大することも可能であろう...以上のような機関によって刊行されている雑誌の価格もまた、商業出版社のタイトルと同様の率で上昇するおそれはあるが、今のところ商業出版社が刊行する雑誌に比べてかなり低い価格に抑えられている。ドル当たりの読者数という観点から、雑誌の「影響力」について分析してみると、非営利出版社が刊行する雑誌の方が商業誌よりも影響力が大きいことは明らかである。(p.43)

本報告書の勧告のなかには、競争の導入に関する事項が含まれている。すなわち、「ARLは、研究成果の発表の場を、商業出版社が刊行する雑誌から既存の非営利的経路へと転換することを強く主張すべきである。特に、伝統的な商業出版社の代替となる、斬新で非営利的な出版メカニズムの創設を促進すべきである。」(p.42)

その後数年間、ARLは、学会、大学出版局、大学経営当局といった図書館コミュニティの枠を越えたさまざまな利害関係者を、学術コミュニケーションの危機に関する議論に巻き込んでいくことに多大なエネルギーを投入してきた。米国大学協会(Association of American Universities: AAU)も一連のタスクフォースを組織し、研究図書館に関連する主要な問題の解決に乗り出した。「科学技術情報管理のための国家戦略に関するタスクフォース(Task Force on a National Strategy for Managing Scientific and Technological Information)」は、その名が示すとおり、学術雑誌出版関連の問題に取り組んだ。このタスクフォースは1994年5月付けの報告書において、競争原理の導入に対する要請を行っているが、ここで想定されているのは、電子出版を通じて促進される競争であった。報告書のなかでは、大学コミュニティは、「商業出版社および非営利組織の両者が科学研究成果の電子出版を開始することを奨励し、これまで以上の競争と、コストに基づいた価格付けをSTI(科学技術情報)の市場に導入」すべきであるという勧告がなされている[15]。

本タスクフォースの作業結果を受けて、ARLは学術出版の危機に対処するために、いくつかのプロジェクトを提案した。これらのプロジェクトのうち、あるものはカバーする範囲が狭すぎ、またあるものは広すぎた。あるいはシステムのなかで適切なレバレッジ・ポイント(leverage point)を指向していなかった。そのために全てのプロジェクトが却下されてしまった。今後の方向性について、メンバー全員の同意が得られる可能性はますます低くなっていった。こうしている間にも、価格は上昇を続けていた。1997年5月になり、ついにARLメンバー館会議の席上で、ウィスコンシン大学マディソン校図書館長のケン・フレイジャー(Ken Frazier)は以下のような提案を行った。「もし100大学が、われわれが購読中の最も高価な科学技術雑誌と一対一で競争する電子ジャーナルを10タイトル創刊するための資金として、それぞれ1万ドルを拠出するならば、われわれは年間100万ドルの資金を手にすることができる...われわれはこの事業を開始するために資金を提供する必要があるのだという現実から目を背けてはならない。」[16]

それから6ヵ月後にフレイジャーの提案はSPARC(Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition)と名づけられた。ビジネスプランが練られ、提携相手についての議論が開始された。1998年6月、リチャード・ジョンソン(Richard Johnson)がSPARC事業部長に採用され、米国化学会(American Chemical Society)との最初の提携が発表された。

4. SPARC

SPARCは、提携機関(例えば、学会、大学、小規模個人出版社)と協力し、高額STM誌と直接競い合うニュータイトル、あるいは著者、利用者、購読者に対するサービスを向上させる新モデルを提供する新たな雑誌の創刊を促進することによって、STMジャーナル出版界に競争バランスを取り戻すことを使命とした会員制の組織である。参加の条件として、図書館はこれらのタイトルなかから自館の蔵書構築指針に適合する雑誌を購読することを求められる。こうした購読料を投資することによって、図書館は、提携出版社のリスクを軽減し、著者と読者の両者をひきつけるのに必要とされる評価を確立するのに必要な時間的余裕を提供するわけである。

現在、香港、オーストラリア、ベルギー、デンマーク、ドイツ、イングランド、カナダ、および米国の200を越える図書館ならびに図書館組織がSPARCに参加している。参加館は少額の会費を払い、購読委託に同意することになる。

SPARCを成功へと導くためには、いくつかの戦略の追求が求められる。第一に、図書館の定期購読を提携出版社に振り向ける必要がある。ここには、SPARCの参加館及びそれ以外のより広範囲な図書館コミュニティを対象とするマーケティング支援が含まれる。SPARCは格式の高い学会や編集委員会との協力活動も進めている。これは、SPARCの知名度を高め、創刊当初からニュータイトルに対して興味を喚起するために欠くことのできない戦略である。学術出版の諸問題に対する大学教官の意識を高めることもまた、SPARCプログラムの重要な一要素となっている。学術出版の文脈を理解し、雑誌価格の現実に再び向き合うことになった教官は、適正価格の一流の代替誌、もしくは将来権威あるタイトルとなることが約束されているニュータイトルが存在する場合には、それまでの習慣を見直し、高額商業誌からこうした代替誌に投稿先を変更する可能性が高い。この教育的取組みのもうひとつの意図は、編集者に、これまで以上に担当雑誌のビジネス面に関与することを促すことにある。編集者(あるいは学会)は、契約に関する再交渉を行い、編集対象のタイトルの出版元を変更することができる。もしくは新たな競合誌を創刊することも可能なのである。SPARCはさらに、非営利的出版社の可能性と規模を拡大するための触媒として機能しなければならない。学会や非営利的出版社が発行する雑誌は、商業誌よりも低価格かつ高品質であることを、多くの研究が一様に証明している[17]。しかしながら、STM出版界が営利企業によって支配されていることは明らかである。(Outsell, Inc.による最近の市場分析によれば、全世界のSTM関連一次および二次文献出版社が上げる収益の68%を営利企業が占めていると推定される[18]。)真の競争環境を現出させるためには、非営利セクターがこれまで以上の力を発揮することが必須条件となる。

過去2年間の発展のなかでSPARCは、その取組みを3つのプログラムエリアに分類してきた。すなわち、SPARC代替誌(SPARC Alternatives)、SPARC先端モデル(SPARC Leading Edge)、SPARC科学コミュニティ(SPARC Scientific Communities)である。それに加え、SPARCは分散的電子アーカイブの統合規格の策定をめざしたOpen Archives Initiativeの活動も支持している。SPARCは、大学単位や分野毎の電子アーカイブの発展を、将来の学術コミュニケーションにとっての重要な戦略的方向性とみなしているのである。

4.1 SPARC代替誌

SPARCのなかで最初に手がけられ、最も直接的に競争を意識したプログラムがSPARC代替誌であり、高額なSTM雑誌と一対一に競い合うことをめざしている。このカテゴリの最初の提携相手は、米国化学会(American Chemical Society: ACS)であり、3年の間に3つの新たな競合誌を創刊するという合意がなされた。最初の競合誌であるOrganic Lettersは1999年に刊行を開始した。Organic Lettersは、Elsevier Science社が出版する9,036ドル(2001年の購読料)のTetrahedron Lettersと競合する。ACSは世界最大の専門学会のひとつであり、その良質の出版プログラムは高い評価を受けている。こうした名声を背景として、ACSは3名のノーベル章受賞者と米国国立科学アカデミー(National Academy of Sciences)の21名のメンバーをOrganic Lettersの編集委員会に招来することに成功した。創刊後100日の間に、Organic Lettersのウェブサイトには250もの論文が投稿され、さらに500以上の原稿が送付された[19]。

Organic Lettersの2001年の購読料は2,438ドルである。そのビジネスプランでは、競合誌の25%の価格で、65%から70%のコンテンツ(論文数)を提供する、十分な競争力を備えた雑誌が求められている。Organic Letters創刊の効果は既に現れ始めている。Tetrahedron Lettersのここ数年間の平均価格上昇率は15%であったが、Organic Lettersが導入された直後の2000年の上昇率は、わずか3%の値を示している。さらに2001年については、2%にとどまっている。2000年のElsevier Science社発行タイトル全体の平均価格上昇率は7.5%で、2001年は6.5%であった。仮にTetrahdron Lettersの価格が年15%の上昇率を続けていたとすると、2001年の購読料は12,070ドルに達していたことになる。購読者は競争の成果として3,000ドル以上の節約を果たしたことになる。また、たとえ同誌の価格がElsevier Science社タイトルの平均価格上昇率(2000年は7.5%、2001年は6.5%)で上昇していたとしても、購読者は、2001年の現行価格に比べて、800ドルも高い購読料を支払うことになっていた。

さらに重要なことに、Organic Lettersの創刊はTetrahedron Lettersの掲載論文数とページ数に多大な影響を及ぼした[20]。1999年の下半期におけるTetrahedron Lettersの論文数は1998年同期に比べて21%減少している。またページ数は12%の減少を示している。2000年上半期には、論文数は1999年の同期に比べて16%の減少を示しているが、ページ数は5%上昇している。つまり論文数の落ち込みをページ数の増加によって補っているのである(ページ数は1999年下半期には11%、2000年上半期には24%の伸びを見せている)。この間に、Organic Lettersは当初見込まれた数を上回る論文及びページを発行し、質の高い、低価格の代替誌が著者を惹きつけうることを実証した。ACSによる第2のSPARC代替誌である、Crystal Growth and Designは2001年に創刊される予定である。

もうひとつの注目すべきSPARC代替誌はEvolutionary Ecology Research(EER)である。このタイトルは、アリゾナ大学の生態学及び進化生物学教授であるマイケル・ローゼンツバイグ(Michael Rosenzweig)によって創刊された。1980年代の半ば、ローゼンツバイグはChapman & Hall社と共にEvolutionary Ecologyを創刊し、その編集長を務めていた。このタイトルはその後何度か売買され、1998年にはWolters Kluwer社の手に渡っていた。この間、Evolutionary Ecologyの購読料は年平均19%の割合で上昇を続けていた。価格上昇と事態を真剣に捉えようとしない出版社に嫌気が差した編集陣は総辞職し、1999年1月に、ローゼンツバイグが創設した新会社による新たな独立誌を創刊した。305ドルというEERの購読料は、オリジナルタイトルの価格(800ドル)に比べるとかなりの低価格であった[21]。

2000年末の時点でEERの発行号数は15に達している。一方、Evolutionary Ecologyの方はわずかに6号を発行するのみである。この分野の権威ある研究者が編集委員を務める新雑誌に論文を投稿することに、著者は何の懸念も抱いていないということである。実際、Evolutionary Ecologyの編集委員会が辞職した際、著者の9割は同誌に投稿中の論文を引き上げた。EERは創刊後早々に主要な索引誌の採録対象となり、新タイトルが直面する障壁を乗り越えてしまった。さらに特筆すべきことに、EERは創刊後1年で損益分岐点に達している。SPARCは、EERの名を広めること、及びさらに重要なことに、EERの購読を喚起することに少なからず貢献した。こうしてEERは、ニュータイトルがいかに短期間で偽りのない競合誌となりうるかを身をもって証明したのである。

SPARCの代替誌プログラムには、この他にもいくつかのタイトルが含まれている。例えば、王立化学院(Royal Society of Chemistry)による電子版のみの物理化学レター誌であるPhysChemComm、ウェブ上で無料提供され、有料の冊子体アーカイブを伴ったGeometry & Topology、2001年に刊行が予定されている電気電子技術者協会(Institute of Electrical and Electronics Engineers)のIEEE Sensors Journal、及び、図書館購読価格に関して出版社との折り合いがつかないことを理由に、Journal of Logic Programmingを総辞任した編集委員会によって創刊されたTheory & Practice of Logic Programming等である。また最近加わったタイトルには、ウォーリック大学数学学科が刊行する無料のオンラインジャーナルであるAlgebraic & Geometric Topology、コンピュータサイエンス分野の無料ウェブ誌であるJournal of Machine Learning Researchなどがある。その他数多くの提携交渉が現在進行中である。

4.2 SPARC先端モデル提携

SPARCは、学術出版における新モデルの開発を支援するために、「先端モデル(Leading Edge)」プログラムを創設した。このプログラムの目的は、技術の活用により競争における優位性を獲得し、斬新なビジネスモデルを導入する学問分野ベースのコミュニティの取組みを、公に宣伝することである。先端モデルには、New Journal of Physics、Internet Journal of Chemistry、Documenta Matematicaといったタイトルが含まれる。

New Journal of Physicsは、英国物理学会(Institute of Physics(U.K.))とドイツ物理学会の共同出資によるタイトルであり、ウェブ上で論文の無料提供を実現し、論文が受理された場合に著者に掲載料を課する仕組みにより刊行資金を回収する実証実験を行っている。現在の掲載料は、500ドルに設定されている。

Internet Journal of Chemistryは、インターネットの利点を活用する可能性を提供することにより、著者をひきつけようという試みを開始している。この純粋に電子的な雑誌は、米国、英国、及びドイツの化学者たちから成る自主グループによって創刊された。Internet Journal of Chemistryは、完全な3-D分子構造、カラー画像、動画やアニメーション、大規模データセットを論文中に取り込むことを可能にしている。また、読者はスペクトルを自由に操作することができる。この雑誌の年間機関購読料は289ドルである。

ドイツのビーレフェルト大学の教官によって1996年から刊行されているDocumenta Mathematicaは、ウェブベースの無料雑誌である。各年末には年間の論文をまとめた冊子体も発行されている。著者はこの雑誌に発表された論文に対する著作権を保持する権利を認められており、大学に所属する利用者には、ローカルでの蓄積及びアクセスのために論文をダウンロードする許可が与えられている。

4.3 SPARC科学コミュニティ

SPARCが取り組んでいるもうひとつの重要なプログラムエリアは、科学コミュニティである。このプログラムに含まれるプロジェクトは、特定のテーマに関心を寄せるコミュニティの要求に応じて、広範囲な科学研究コンテンツの集積(アグリゲーション)をサポートすることを目的としている。これらのプロジェクトを通じて、SPARCは科学者、学会、高等教育機関の間の連携を促進しているのである。科学コミュニティの活動は、学術機関が電子出版の技術とインフラストラクチャーを発展させることを助成することによって、非営利セクター内の出版能力を高めることに役立っている。また、電子環境への移行を望む小規模学会や自主雑誌の提携機関として、商業出版社の代わりに高等教育機関を紹介することによって、これらの小規模出版社が自らのタイトルを商業出版社に売却するのを防いでいるのである。

科学コミュニティのなかでもっとも意欲的なプロジェクトのひとつに、BioOne [www.BioOne.org]がある。BioOneは、生物学、環境科学、生態学関連分野の主要な数十タイトルの査読論文を統合した、ウェブベースの非営利サービスである。BioOneに含まれる雑誌の大多数は、現在冊子体でしか利用できない。学会にとって、大学単位でのサイトライセンスを通じて自らが刊行するタイトルの電子版を提供することは、例えば個人会員の購読が減少するといったリスクを負うことになる。しかしながら、電子形態で刊行されない研究成果は、軽視され過小評価されかねないという危険の方がより切実な問題となっている。とはいうものの、多くの学会は、自力でウェブ版を開発する資源も専門知識も持ち合わせてはいない。その機会を提供するのがBioOneなのである。

BioOneは、SPARC、米国生物科学学会(American Institute of Biological Sciences)、カンザス大学(University of Kansas)、ビッグ12プラス図書館コンソーシアム(Big 12 Plus Library Consortium)、及びAllen Press社の提携事業であり、2001年初頭にサービスを開始することになっている。当初は40タイトルが参加するが、ゆくゆくは150タイトル以上がBioOneに統合される予定である。SPARC及びビッグ12プラス図書館コンソーシアムの参加館はかなりの額の資金をBioOne開発に投じている。これは、一層の競争力と費用対効果を求められる市場において、BioOneに参加する学会が単に生き残るだけでなく、その役割を拡大していくことを確約することに対する、並々ならね決意を表明したものである。投資した資金は、今後5年の間に、購読料からの控除として、提供館に払い戻されることになっている。BioOneは収益の一部を参加学会に配当し、冊子体購読数の減少の影響を極力抑えるように配慮している。また、テキスト変換やコーディングのコストについては全く要求していない。

他のいくつかの科学コミュニティ・プロジェクトがSPARCの支援を受けている。これらのプロジェクトには、California Digital LibraryのeScholarship、Columbia Earthscape、MIT CogNetが含まれている。カリフォルニア大学のeScholarshipプロジェクト[escholarship.cdlib.org]の目標は、電子ベースの学術情報を管理するためのインフラストラクチャーを整備することにある。eScholarshipには、e-プリント・アーカイブ、学術研究の投稿、査読、探索とアクセスをサポートするツール類が含まれている。また、保存とアーカイビングもeScholarshipの使命のひとつである。コロンビア大学のEarthscape [www.earthscape.org]は、コロンビア大学出版局、図書館、及びコンピューティング・サービスの共同事業である。このプロジェクトは、地球科学の研究、教育、社会政策に関するリソースの統合をめざしている。マサチューセッツ工科大学のCogNet [cognet.mit.edu]は、認知科学及び脳科学の研究者のための電子コミュニティである。CogNetには、主要な二次資料、単行本、雑誌、会議録から成る検索可能なフルテキスト・ライブラリ、仮想ポスターセッション、求人情報、及びスレッド化されたディスカッション・グループが含まれている。以上のプロジェクトは全て、公募による審査を経て、SPARCの助成金を獲得したものである。

5. SPARCモデルの評価

5.1 SPARC購読委託

SPARCが発展するにつれて、その行動範囲を確定するために、いくつかの鍵となる決定がなされた。SPARCの主たる目標がSTM雑誌の価格引き下げにあることは明確であった。前述した雑誌の危機に関する分析に基づいて、SPARCの創始者たちは、高額誌と一対一で競い合う代替誌を導入することがこの目標を達成するのに最も効果的な戦略であると信じていた。しかしSPARC自身が出版社となり、競合誌に出資し、その配信を担うべきであろうか。あるいはニュータイトルを創刊する既存の出版社に開発資金を提供すべきであろうか。さらには、出版社に参加を促す方策として、図書館による購読を約束することが、出版社の参加を促す十分な誘引となりうるのだろうか。

SPARCの作業グループは、SPARCが出版社となるという選択肢を即座に否定した。SPARCの活動に共感する有力な出版社が既に数多く存在していた。さらに、SPARCはその時まだ名前すら持っていなかったのである。SPARCが支援するタイトルは、購読者のみならず編集者、著者、読者をひきつけるために、短期間のうちに名声を獲得する必要に迫られていた。タイトルの権威を確立するにはかなりの時間を要することは明らかである。作業グループは、高品質な出版に定評のある伝統的な学会や大学出版局と提携することが、最短の経路であるという判断を下した。さらに、名の知れた学会や大学出版局と提携することによって、SPARC自身の評判も高くなるという目論見もあった。

SPARCは、主として非営利的学術出版社によるニュータイトルの創刊を助成するための触媒として機能することが、自らの役割であると考えていた。作業グループのメンバーの多くは、開発資金の提供というかたちで出版社に十分なインセンティブを与えるために、少なからぬ額の資金を進んでSPARCに供出しようという意思を示していた。しかし、いくつかの潜在的な提携機関との協議の結果、少なくとも伝統的な出版社にとって最も必要とされるのは図書館の定期購読料であることが判明した。図書館が創刊当初からニュータイトルを購読してくれるという保証さえあれば、出版社は、先行開発経費を吸収することにも前向きに対処しようという姿勢を見せていた。図書館の購読によって、創刊時からニュータイトルの認知度は高まり、出版社が投資の回収に要する時間を短縮し、外部資金導入の結果生じかねない法律上の紛糾を回避することができると想定された。以上のことを背景として、出版社に対するSPARCのインセンティブ計画が確定した。すなわち、SPARC参加館は、提携誌が自らの図書館の蔵書構築政策に合致している場合には、必ず提携誌を購読することとする、という規約が生まれたのである。

出版社にとって、購読委託はSPARCが持つ最大の魅力のひとつではあるが、同時にそれはSPARC参加館のいくつかにとっては、SPARCプログラムにまつわる、物議をかもす問題のひとつでもある。本質的に、SPARCの代替誌プログラムは、参加館の購読が期待されるニュータイトルを創刊している(あるいは、雑誌の販路拡大に貢献していると言ってもよいかもしれない)。SPARCの設立者たちは、システムの変更には図書館による投資が必要とされることを認識していた。設立者たちは、大学事務当局がSPARCの会費を払い、委託雑誌を購読するための特別予算を配当してくれることを期待していたが、この財源を捻出するためには、むしろ過剰に膨れ上がった蔵書構築のための予算が削られる可能性の方が高い。すなわち、SPARCのニュータイトルを購読するには、別のタイトルの購読中止が求められるわけである。理屈の上では、キャンセルの対象となる雑誌は、既存の高額誌でなければならない。しかし、こうした雑誌はえてして評価の確立した雑誌であり、容易に購読を打ち切ることはできない。長期的に見れば、競争が機能するにつれて、このような高額誌は投稿者をニュータイトルに奪われ、やがては価格を引き下げるか、あるいは少なくとも価格の上昇を抑制せざるを得ないであろう。貴重なコンテンツが流出していくとともに、こうした高額誌をキャンセルすることは容易くなっていく。しかしながら、それには時間がかかる。学内に働きかけ、教官に専門分野のタイトルの購読中止を認めてもらう勇気ある行動が求められることになる。

また、新たなSPARC代替誌の数が増すにつれて、図書館がわずかな競合誌をキャンセルするだけで、SPARC支援誌に対する投資を回収することができるかもしれない。2001年の初めに、SPARC代替誌の競争相手となる商業誌10タイトルの総購読料は40,000ドルを上回っている。それに対して、SPARCの10タイトルの総額は、5,200ドル少々という額に抑えられている。つまり、評価の確立した商業誌のほんの数タイトルを中止すれば、十分にSPARC代替誌の費用をまかなうことができるのである。

一方で、SPARCは、商業出版社のオリジナルタイトルのキャンセルを容易にするためのプログラムを開始した。「独立宣言(Declaring Independence)」と名づけられたこの取組みは、雑誌の編集委員を対象としたものであり、自らが編集に携わる雑誌が研究コミュニティの中で研究者の需要にいかに効率的に応えているかを、編集委員自身が評価することを促すプログラムである。評価の結果が思わしくなく、改善に向けた出版社との協議も困難な場合、「独立宣言」は、編集委員会のメンバーに他の出版ルートを通じて雑誌を刊行することを推奨している。Evolutionary Ecology Researchが証明するように、評価の高い編集陣は、著者を引き連れて雑誌から撤退することが可能である。その結果、オリジナルの雑誌は新たな編集者を探し出し、投稿者の基盤を再構築するために、危機に瀕した時期を過ごさなければならない。これは、図書館がこうしたタイトルを容易にキャンセルすることのできる絶好の機会である。

5.2 新価格モデルの出現

SPARCの創設者たちは、いかに合理化されようとも出版には多額の費用がかかるということを理解していた。この現実を認識していたからこそ、参加館による購読を保証したのである。SPARCのパートナーの多く、とりわけ伝統的な出版社は、ニュータイトルを創刊する場合にもこれまで同様の予約購読モデルを維持している。しかしながら、コミュニティを基盤にしたタイトルのいくつかは、それに替わる新たなモデルの実験を開始している。大学の数学学科が刊行する3タイトルは、ウェブ上での出版の簡易性が持つ利点を生かし、オンライン版を無料で提供している。Geometry & TopologyとAlgebraic & Geometric Topologyの両誌は英国のウォーリック大学が発行し、Documenta Mathematicaはドイツのビーレフェルト大学で出版されている。3誌はいずれも、「研究成果の広範囲に及ぶ配信と迅速な発表の手段を著者と読者に提供する、自由にアクセスできる電子ジャーナル」の刊行を目標に掲げる教官によって運営されている[22]。3誌とも、各年の終わりに冊子体を刊行しているが、これも最小限の費用で購入することができる。Geometry & Topologyの編集者によれば、出版プロセスのなかで最も時間のかかる部分は、論文の書式設定(フォーマッティング)である[23]。この作業の費用の一部は、冊子体の販売によって捻出されている。このモデルは、図書館が冊子体の購入を必須のものと考えている間は機能するであろうが、アーカイビングとカルチャーの問題が解消されたあかつきには、果たしてどうなっているかは不明である。

SPARC提携誌が採用しているもうひとつのモデルは、投稿論文が受理された場合に、著者が投稿料を支払うという方式である。英国物理学会(Institute of Physics)とドイツ物理学会(German Physical Society)が共同出版するNew Journal of Physics(NJP)は電子版のみの雑誌であり、読者は無料で利用できる。NJPへの投稿論文が刊行された場合、著者には500ドルの投稿料が課せられる。NJPへの投稿を教官に促すために、この料金の支払いを肩代わりしている図書館もある。この2年間に約60論文がNJPによって刊行されている。しかしながら、教官がページチャージを支払う習慣が薄れていくにつれて、こうした投稿料制度を維持していくのは難しくなるかもしれない。

さらに第3のモデルが、SPARCの最も新しい提携誌のひとつであるJournal of Machine Learning Research(JMLR)によって追及されている。JMLRは、JMLR, Inc.がMIT Pressと共同で刊行している。JMLRは2種類の電子バージョンを提供している。ひとつは、JMLR, Inc.によって運営されている無料サイトで提供され、もうひとつは、CatchWord Serviceのプラットフォーム上での有料の電子版である。有料版の方は、抄録・索引サービスへのリンク、アーカイビング、世界各地に設置されたミラーサイトといった付加機能をあわせて用意している。また、MIT Pressからは季刊の有料冊子体も発行されている。無料サービスが利用できるのに、コミュニティは果たして料金を払ってまで付加価値を利用しようとするだろうか。また、その選択は「購読者」のタイプ、すなわち図書館か個人購読者か、によって左右されるのだろうか。いずれにしても、今後の推移を興味深く見守りたい。

6. 達成度の評価

SPARCの構想を描く際に、創始者たちはその達成度を測るためのいくつかの指標を設定した。それは以下のとおりである。

SPARCの効果が現れ始めるには5年の月日が必要であろうと予想されていた。

この論文の執筆時点では、SPARCが生まれたからわずかに3年を経過しているに過ぎないが、すでに所期の効果を持ち始めていることを示す兆候が現れている。Evolutionary Ecology Researchは経済的に自立し、競合誌の40%以下の価格で良質なコンテンツを提供している。Organic Lettersは財政面での目標に到達する軌道上にあり、優秀な編集者と編集委員会のメンバーを集めることに成功している。さらに、EERと同様に、Organic Lettersもその競合誌から著者を奪い取っている。他のSPARC提携誌のレポートからも、いずれも力強いスタートを切っており、将来の発展が約束されていることがうかがわれる。

科学コミュニティ・プログラムを通して、SPARCは市場における新規参入者を支援している。パートナーとしては、図書館、図書館コンソーシアム、学会と協力関係を結んでいる大学コンピュータセンター、大学出版局、独立した雑誌編集陣、個人研究者などが含まれる。これらのプロジェクトは、まだ開発の初期段階にあるが、長期的には非営利的出版の可能性を拡大する兆しが明確に現れている。

また、SPARCは宣伝や報知活動を通じて、学術コミュニケーションに関わる諸問題に対する関心を呼び起こすことにおいても、これまでのところ顕著な成果を上げている。その結果、編集陣や学会が、価格や他の政策について出版社に異議を唱え始めるという環境が創出されている。こうした出版社との交渉は、最近のAmerican Journal of Physical Anthropologyの例が示すとおり、価格引き下げという形で実を結んでいる。米国自然人類学者協会(American Association of Physical Anthropologists)は、価格の高騰によって引き起こされた大量の購読中止に懸念を抱いていた。協会と出版委員会は、当該誌の出版社に対して、競合誌の出版の可能性を含む他の選択肢を検討しているという通告を行った。その後の長期にわたる交渉の結果、出版社と協会は合意に達し、購読料は30%以上引き下げられることとなったのである[24]。

編集委員会と出版社との間の他の交渉は、不調に終わっている。Journal of Logic Programmingの場合、図書館向け購読料に関わる16か月に及ぶ交渉の末に、編集委員会の全メンバーが辞任した。編集委員会はTheory and Practice of Logic Programmingというニュータイトルを創刊し、この雑誌は2001年1月から刊行を開始している[25]。

SPARCの究極の目標は、STM雑誌の価格をおしなべて引き下げることにより、科学研究の成果に対するアクセスを向上させることにある。2000年のSTM購読料全体の平均上昇率は、1993年以来初めて9%を下回った[26]。STM雑誌出版の最大手であるElsevier Scienceは、1999年に、毎年恒例となっていた2桁台の価格引き上げを停止し、2000年には7.5%、2001年には6.5%の上昇率に抑えると発表した[27]。こうした変化は重要である。ほとんどのSPARC参加館にとって、この価格上昇率の低下によってもたらされる節約額は、SPARC及び競争性を増した市場の創出に対する投資額をはるかに上回るものとなっている。

こうした変化をもたらした原因は、何もSPARCの活動ばかりではあるまい。しかしながら、諸問題を浮き彫りにし、生まれて間もなく「概念実証(proof of concept)」による成果を挙げることによって、SPARCは図書館、研究者、学会を行動へと駆り立てることに成功した。競争は効力を発揮しつつある。

[1] Association of Research Libraries 1999.
[2] Association of Research Libraries 1999.
[3] American Association of University Professors 1986; 1999.
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[17] 例えば以下の論文を見よ。Cornell 1998; Wisconsin 1999; McCabe, M.J. 1999; Bergstrom, T.C. 2001.
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[20] 以下の分析はSPARCが2000年7月に収集したデータに基づいている。
[21] An account of the development of Evolutionary Ecology Researchの発展の理由については、Rosenzweig, M.L. 2000.を見よ。
[22] SPARC 2001.
[23] Buckholtz, A. 2001.
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(原著の更新日は、2001年5月2日)