図書館員のジレンマ −ビッグ・ディールのコストについて考える−

Kenneth Frazier著,尾城孝一訳


本稿は,下記の原論文を著者の許諾を得て翻訳したものです。
Article Title: " The Librarians' Dilemma: Contemplating the Costs of the "Big Deal""
Author: Kenneth Frazier
Publication Date: March 2001
Publication: D-Lib Magazine Vol.7, No.3
Originating URL: http://www.dlib.org/dlib/march01/frazier/03frazier.html


(このオピニオンは著者の個人的な見解を表明したものであり,必ずしもD-Lib Magazine,その出版元であるCorporation for National Initiatives,あるいはスポンサーの意見を反映したものではありません。)

アリスが兎穴に転げ落ちた時のことを覚えていらっしゃるでしょうか。アリスの世界はひっくり返り,小人になったり,逆に巨人になったりします。アリスは毛虫のアドバイスを聞き,気のふれた帽子屋に出っくわし,め茶く茶会に参加します。そうこうするうちに,目覚める直前になって,裁判にかけられている自分を発見し,命の危険にさらされて,ついには本心を打ち明けることになります。

わたしは今日この頃少々アリスと同様の気分を味わっています。もっとも,兎穴に転落するのではなく,代わりに,わたしたち図書館員はビッグ・ディールに足を掬われようとしています。そして,教員や研究者,それに他の図書館の利用者に対するサービスを旨とするわたしたちの世界が逆さまにならないうちに,声を上げる責任があります。

それではビッグ・ディールとは何か?

手短に言うと,ビッグ・ディールとは,出版社が出来合いのパッケージを単一価格で提供するオンラインジャーナルの集合体(アグリゲーション)のことです。ビッグ・ディールの契約を結んだ図書館は,ある商業出版社に対する現行の支払いに基づく価格にある額を上乗せした価格で,当該出版社のすべての雑誌への電子的アクセスを購入することに同意することになります。年間価格の上昇は,契約条項に従って数年間抑制されます。

ビッグ・ディールの契約によって,図書館は冊子体雑誌の講読を中止して予算を節約したり,ディスカウント価格で他の冊子体雑誌を購入することができるようになります。しかしながら,そのコンテンツは以後「バンドル」されてしまい,個々の雑誌の電子形態での購入をキャンセルすることは不可能になります。(Academic Press社のIDEALプログラムやElsevier社が提供するScienceDirectのフル・パッケージがこうしたライセンス契約の典型例ですが1,本稿では,この種の契約を個々の商品名ではなく,まとめてビッグ・ディールと呼ぶことにします。)

大学図書館の館長は,ビッグ・ディール,あるいは商業的出版社とのいかなる包括的ライセンス契約にもサインすべきではありません。その意味するところを正しく読み取り,決してビッグ・ディールを購入してはなりません。ウイスコンシン大学の図書館群や他の研究図書館の多くはそうした契約を拒否しています。それは,ビッグ・ディールはただ大手出版社の要求を満たすのみであることを見抜いているからです。他の多くの大学図書館もビッグ・ディール以外の選択肢を模索しています。わたしたちは皆一様に,以下に挙げる2点の危険を冒してまで,電子ジャーナルだけで構成されるコレクションの構築を推進するつもりはないと考えているのです。
(1) わたしたちが必要としない雑誌によってコレクションを弱体化させる。
(2) 情報マーケットの独占化をあからさまに表明している出版社への依存度を高める。

ビッグ・ディールの代替品は数多く存在しています。大学が購読することのできる範囲で冊子体の契約を継続することも可能ですし,利用者が特に必要としているタイトルに限って,電子的アクセスのライセンスを得ることもできます。結局のところ,ほとんどの研究図書館は,Elsevier社の冊子体タイトルの半数以下を購読しているにすぎません。また,わたしたちは,ビッグ・ディールの代わりに,利用者が必要とする論文をドキュメント・デリバリ(必要とあれば,商業的情報ベンダーの迅速なILL)によって無料で提供することもできます。

わたしの図書館ではElsevier社の120タイトルについて電子的アクセスのライセンス契約を結び,約600タイトルの冊子体を購読しています。そうすることによって,ビッグ・ディールがもたらす重大な災難を回避してきたのです。ビッグ・ディールは,重要なタイトルとどうでもよいタイトルを束にしてしまいます。また,必要不可欠のタイトルと取るに足りないタイトルもバンドルされてしまいます。一度ビッグ・ディールに足を取られてしまうと,図書館は,パッケージ全体の契約を継続しない限り,最も必要とするタイトルの受入を継続することができなくなってしまうのです。

危険なゲーム

短期的観点からすると,ビッグ・ディールが望ましい恩恵をもたらしてくれることには疑問の余地はありません。そのなかには,図書館の正規利用者がアクセスできる情報が拡大するといった利点も含まれています。ところが長い目で見ると,この契約条件は図書館員と消費者の力を弱体化させてしまい,その結果将来の学術コミュニケーション・システムに悪影響を与えかねません。図書館員は,選書という過程を通じて雑誌文献の内容と質を形作っていく機会を失ってしまいます。わたしたちに続く後世の図書館員たちは,出版社の望むがままに支払いを続けるか,さもなくば不可欠なリソースを放棄するかという,二者択一の選択を迫られることになるでしょう。大手出版社は,価格統制を可能とするこれまで以上に強大な市場支配力を手に入れるだけでなく,契約条件に関する締めつけも一層強化してくるでしょう。そこには,経済の連鎖に参加している他のプレイヤーの「介入を拒む」権利も含まれてくるに違いありません。

当代の図書館長たちは,短期的な大学の利益を得るには学術コミュニティの長期的犠牲を必要とする,という危険な「ゲーム」に参加しているのです。

さてここで,Lewis Carroll以外のもうひとりの数学者を取り上げたいと思います。その数学者とは,1950年に「囚人のジレンマ」を考え出したAlbert W. Tuckerです。(本稿のタイトルはゲーム理論の最も有名な実例である「囚人のジレンマ」に敬意を表して名づけられたものです。)2手短に述べると,1994年のノーベル賞は,非協力ゲームの分析に貢献したJohn Harsanyi(カリフォルニア大学バークレイ校), John Nash(プリンストン大学), Reinhard Selten(ボン大学)らに授与されましたが,このことによって社会科学におけるゲーム理論の重要性は確立されました。「囚人のジレンマ」は,この非協力ゲームの典型例なのです3。ゲーム理論は長年にわたり研究者の興味をひきつけてきました。これまでにゲーム理論に関する膨大な数の文献が,紙上に,そして今日ではインターネット上に生み出されてきました。このゲームのシナリオは以下のとおりです。

2人の罪人が共犯の容疑で逮捕され,警察に別々に留置されています。それぞれは,黙秘した場合,有効な証拠にもとづいて軽い罪で起訴される,と持ち掛けられます。しかし,一方が,他方に罪があることを証明する疑いの余地の無い証拠を提出して,他方を裏切った場合,裏切った方は無罪放免され,相手は罰金を全額払わなければならない。このゲームの結末として,ほぼ3通り結果が数学的に導き出されます。すなわち,お互いが黙秘する場合,少量の利益が得られます。お互いが裏切った場合,罰は軽くなります。しかしながら,最大の報酬と罰則の組合わせが発生するのは,一方が黙秘し,他方が裏切った場合なのです。

「囚人のジレンマ」から導き出される「注目すべき結果」は,経済学者のRoger McCainの言葉を引用すると[5],「一人一人は個々に合理的な行動をとったはずなのに,結果として,二人の利己的な目的の点から見ると,二人とも一層劣悪な状況に追い込まれてしまう」という点であります。コミュニティ全体の利益が危機にさらされているという取り引きの場において,個人的な目的を追い求めたいというほとんど抗いがたい誘惑を,このゲームは鮮やかに描き出しているのです。ゲームの構造は,協調する方が有利であるという方向に「ルール」を変更しない限り,裏切りへの誘いに逆らうことは不可能であるという仕組みになっているのです。

社会科学者たちは,社会が直面する現実の諸問題のなかにも「囚人のジレンマ」の類似例が存在することにすぐに気が付きました。二つだけ例を挙げておきますと,軍備抑制交渉や競合店による価格競争などは,確かに「囚人のジレンマ」のダイナミックスにとてもよく似通っています。このモデルは,協調が不合理なものとなると同時に,協調の欠如もまた重大な危険をもらたすというパラドックスをあばき出しているのです。

ゲーム理論家たちは,これらのリスクを計算することを可能にしました。その結果,ゲームの試行を連続的に反復することによって,ゲームを行う際に採用するいくつかの戦術が,他の戦術にくらべて効果的であることを証明しています。たとえば,「しっぺ返し」戦術(君が協力する限り,わたしも協力しよう)は,「囚人のジレンマ」ゲームを行う上で比較的有効であることが判明しています。

「囚人のジレンマ」の「反復」バージョンでは,二人のプレイヤーの間で何度も何度もやりとりが繰り返されるのですが,生物学者たちは,この「反復」バージョンを,動物間の協力関係の発展を理解するモデルとして利用しています。すなわち,動物たちは,協力がやがては利益に帰結するような反復的な交換行為を通じて,「利他的行為」を学習すると考えられています。動物たちは,ある時点になると協力による利益が貢献に要するコストを凌駕することを認識し,その時期を記憶していると思われるのです。

「囚人のジレンマ」に対する最もきびしい批判のひとつに,このモデルがあまりに単純すぎるために,複雑な社会的および経済的関係を表現することは到底できない,という意見があります。しかし,興味深いことに,大規模で捉えがたい状況に伴う複雑性もまた,それを数学的に表現し,ゲーム理論のモデルに投入することが可能なのです4

学術コミュニケーション・ゲーム

それでは,ゲーム理論を学術コミュニケーションの危機に当てはめることは可能なのでしょうか。わたしたちは,「囚人のジレンマ」ならぬ「図書館員のジレンマ」に直面しているのでしょうか。他の複雑な社会的および経済的な諸問題の場合と同様に,ゲーム理論はわたしたちに解決策を与えてはくれませんが,力強い洞察力を提供してくれます。これは数学者にはよくあることで,数学者たちはこれまでの長い歴史を通じて,興味深い疑問を作り出しては,その解の発見を後世にゆだねてきました。

わたしたちがまず気づくのは,まさに「囚人のジレンマ」のプレイヤーと同様に,図書館員も出版社も「合理的に」行動しているという点です。確かに,出版社が電子的な販売とアクセスの提供のために商品をバンドルすることには意味があります。そうすることによって,より効率的なマーケティングが可能となり,関連するコンテンツは統合され,さらには将来の生産コストを管理することもできるようになるかもしれません。

商品をバンドルすること,つまり雑誌のコンテンツをひとつの電子的リソースに統合することは,より規模の小さい非営利的な出版社にとっても有効な戦略となります。小規模な学術雑誌が営利に走ることなくディジタル化への道を進むための代替策を提供するという特化した目的のために,BioOneに代表されるいくつかの非営利的アグリゲーターが創設されています。

ビッグ・ディールは,小規模な図書館にとってもある意味では魅力ある提案となっています。というのも,それは比較的安価な初期投資によって,小規模図書館がこれまでずっと望んできたようなかたちでの雑誌アクセスを提供してくれるからです。大規模図書館もそれを喜んで受け入れます。なぜならば,ビッグ・ディールによってさらなる購読中止に伴う痛みは取り除かれ,「包括的収集」が可能であった栄光の日々をとりもどすことができるからです。ビッグ・ディールの契約を結んだ図書館は,誰もが幸福になれると語っています。学生も教官も大学の管理当局さえも喜んでいるといいます。そして,この契約によって最も幸せになれるのが商業出版社なのです。

しかしながら,囚人のジレンマの分析を適用すると,わたしたちは,よく言われているような単純な「双方勝ちのゲーム(win-win game)」を楽しんでいるわけではないことが明らかになります。起こりうる結果のマトリックスは,もっと複雑でかつ危険に満ちたものです。それは上に示した囚人のジレンマの表に似た結果を呈しています。紙面の都合上,ビッグ・ディールに対する批判を3つの点に限定したいと思いますが,これらの批判はゲーム理論の分析から導き出されたとわたしは考えています。それぞれ,「強化された忠誠心」,「仲介者の排除」,「ルール変更」と名づけています。

(1)強化された忠誠心

強化された忠誠心に匹敵する忠誠心は存在しません。また,「不可欠性」ほど顧客の忠誠心を強化するものも存在しません。リード・エルゼビア社が発表した1999年版の年報[9][10]の戦略的取り組みの章のなかで,不可欠性と強化された忠誠心の両方が取り上げられています。そのなかでのこれらの言葉の扱いについてはなにも邪なところは認められません。結局のところ,良質のサービスや相互の信頼関係といった多くのことがらが忠誠心を高めるのに役立つわけですから。

しかしながら,すでに述べたように,ビッグ・ディールを購入する図書館は忠実な顧客であることを強いられます。なぜならば,もはや個々のタイトルの購読を中止することはできないからです。できることと言えば,冊子体の契約を打ち切り,ライセンスの契約条項に従って,オリジナルの雑誌への電子アクセスを継続することくらいです。

必然的に,ビッグ・ディールの契約図書館は,著者や編集者よりも忠実な存在となります。著者は,競合誌に投稿することもできますし,編集者も,ある雑誌をやめて別の雑誌を創刊することができます。ところが,ある編集陣が反乱を起こして,安価な競合誌を創刊したとしても,図書館は見捨てられたタイトルの購読を継続しなければならないのです。Theory and Practice of Logic Programming誌5に関して,実際こうしたことが起こっています。この雑誌の著者と編集者は,エルゼビア社に反旗をひるがえし,ケンブリッジ大学出版局に鞍替えしてしまいましたが,ビッグ・ディールの購読図書館は,相変わらず旧誌に忠誠を誓うことを余儀なくされるのです。

完璧なまでに強化された忠誠心の実例を見つけるには,LEXIS-NEXISに注目すればこと足ります。わたしたち図書館員は,経験上,LEXIS-NEXISが勝手にデータベースのコンテンツを追加したり削除したりしていることに気づいています。図書館はデータベースの一部分ではなく,その全体を購入しているわけですから,図書館員たちが通常使っている意味での「選定」は,この場合,意味をなさない概念となります。交渉におけるわたしたちの立場は,LEXIS-NEXISの不可欠性に直に比例するかたちで,弱体化してきているのです。

それでは,コンテンツが変化した,あるいは次年度の価格上昇率があまりに高すぎるという理由で,わたしたちは本当にLEXIS-NEXISの契約を打ち切るという決定を下すことができるのでしょうか。わたしはできないと信じています。というのも,LEXIS-NEXISはとても大きな存在で,利用頻度が高く,人気も高い,つまり必要不可欠な存在であるのです。そのために,顧客としてのわたしたちの忠誠心は,ウイスコンシンの冬を過ごすわたしが,電力やガスなどを提供する公益会社なしには生きていけないのと同じレベルにまで高められてしまっているからです。

もちろん,LEXIS-NEXISの大学向け契約価格は,商業雑誌の値段に比べて安いという大きな違いはあります。事実,電子媒体もしくは冊子体の商業誌は相変わらず高価であり,それは不当であり,かつ必然性のない価格です。さらにビッグ・ディールの契約条件の下で,この傾向に一層拍車がかかることになります6。度々行われてきた価格調査によると,商業誌は,学界誌に比べて平均3倍から4倍の高値が付けられています。例えば,年間の価格上昇率を7%と想定すると,10年後には,ビッグ・ディールのライセンス価格は2倍になってしまうのです。

これでは,図書館と商業出版社の双方にとって好都合な状況とは言えません。ひとたび,わたしたちの忠誠心が,ビッグ・ディールがなくてはならないというレベルにまで高められてしまったら最後,商業出版社の一人勝ちという結果となるのです。

(2)仲介者の排除

ビッグ・ディールは,大手商業出版社に情報市場の契約条件を支配する絶大な権力を与えてしまいます。例えば,図書館員が冊子体の契約を打ち切ることにより,ビッグ・ディールの価格上昇を軽減しようとすると,当該タイトルに関する雑誌ベンダーとのビジネス上の関係を断ち切り,出版社と直接契約することを強要できる権利を出版社が有していることに気づきます。この場合,雑誌ベンダーは仲介者としての役割を剥奪されることになります。

これは,単に効率性を追求した結果に過ぎないと言うことができるかもしれません。しかしながら,それには,ビッグ・ディールの出版社がこれまで雑誌ベンダーが果たしてきた役割を肩代わりしてくれる,という前提条件が付きます。(本稿を読んでいる図書館の外の世界の人たちに断言しますが,雑誌ベンダーのサービスはかなり重要なものです。)もし仮に図書館がこうした処理とサービスを吸収しなければならないとすると,雑誌ベンダーという仲介者が排除されたことにより,多大な経費が図書館にのしかかってくることになります。そして,この経費負担がビッグ・ディールの契約図書館にとって見えざる価格上昇となるのです。

仲介者の排除のわかりやすい例をもうひとつ挙げておきましょう。ビッグ・ディールの契約の下では,図書館が電子コンテンツを外部の顧客へのドキュメント・デリバリに使用することははっきりと禁じられています。例えば,ウイスコンシン大学マディソン校のWendt工学図書館のドキュメント・デリバリ・サービスであるWisconsin TechSearch7は,ScienceDirectのデータベースを企業向けの情報提供に使用することができません。Wendt図書館が論文の利用に応じて使用料を払う意志を示しても無駄です。また,ドキュメント・デリバリに利用する論文の多くがわたしたちの大学の教官によって執筆されているにもかかわらず,この状況は変わりません。とにかく,ビッグ・ディールは,コンテンツをドキュメント・デリバリに使用することを禁じているのです。この場合,わたしたちの図書館が仲介者としての役割を奪われることになります。

ウイスコンシン州の市民や企業や公的機関に情報を提供することは,100年以上にわたってウイスコンシン大学の使命でありました。それはまた,敷地の無償提供を受けている図書館の特別な使命でもあるのです。商業出版社はこのサービスを満足のできるかたちで遂行することはできません。またその意志もありません。ビッグ・ディールの結果は,ここでもまた出版社の一人勝ちです。そしてそれは,経済や社会の進歩のための公的資源としての研究文献の根底をゆるがしかねません。

(3)ルール変更

協調の複雑な問題を扱う際には,人々に正しいことを行うよう説得しても,限られた効果しかあげることができません。社会全体が交通渋滞の緩和という恩恵を受けるために,バスを利用するようにと個人にお願いしても,あまりうまくはいきません。

しかしながら,ゲーム理論はプレイの条件と戦略を変更することにより,結果が変わる可能性があり,また実際に変わることを証明しています。もしルール,すなわち報酬と罰則の関係が一変すれば,プレイヤーの行動は劇的に変化するでしょう。それに期待することができます。わたしたちも同様の戦略を追求する必要があります。図書館の文脈では,大学の報酬システムの変更を支援し,新たに出現しつつある学術コミュニケーションシステムに投資すべきである,ということを意味します。

変化が目にみえるようになるには時間がかかります。しかし,学術コミュニケーションシステムの変革を企てる指導者たちが,研究者コミュニティの前面に進み出てきています。10年前にはとても考えられないことでした。

ここで「科学の公共図書館(Public Library of Science)」[8]と呼ばれている理想的な実例を取り上げたいと思います。この取り組みを支援する指導者のなかには,国立衛生研究所の前所長であるHarold Varmusや研究図書館連盟の学術コミュニケーション室長であるMary Caseも含まれています。Varmusらは,ひとつの「公開状」の配布を開始しました。この「公開状」は,まさしく「医学および生命科学における研究学術論文の公的記録の全コンテンツを,誰もが無料でアクセスでき,全てが検索可能で,相互に関連づけられた形で提供するオンライン公共図書館の設立」を求めています。

そして,科学者たちに,この公開状にオンラインで署名することによって支援を表明するよう呼びかけています。もちろん,Varmusらは単に夢を見ているにすぎないと言えるかもしれません。この目標を達成するにはかなりの時間がかかるでしょう。しかし2001年3月9日の段階で,9,600名以上の署名が集まっており,署名した人たちはいずれも著名な研究機関に属する研究者です。

強固な地盤に立って

ゲームのルールを変えるためにわたしたち図書館員ができる最も重要なことは,学術コミュニケーションにおける大胆で新しい実験的試みに投資することです。ここでいう試みとは,MIT CogNet,BioOne,Columbia Earthscape,New Journal of Physics,Project EuclidといったSPARC(Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition)の提携誌のことを指しています。

これらの新しい形態の学術コミュニケーションに投資することで,わたしたちは堅固な出版の基礎を形作ることができるのです。そのようなインフラストラクチャーが整備されれば,将来の研究者たちは,大学の研究者として成功を収めるために,高額の商業雑誌に投稿する必要はなくなるのです。ビッグ・ディールに費やす金額に比べれば,わたしたちは,ほんのわずかな予算を投資しているにすぎないのですが,これらの取り組みは商業出版のシステムをその土台から揺るがすような意味を持っています。そして,商業出版社もそのことに気づいているのです。

近年,法外な価格付けを行ってきた高額誌のいくつかが滅びつつあるという何とも心強い兆候が現れ始めているからこそ,こうしたイニシャティブがとりわけ重要な意味を帯びてくるのです。これらの高額誌は購読者数の減少により存在意義を失いつつあるだけでなく,実際に出版中止を余儀なくされています。Gordon & Breach社のParticle Accelerators誌が廃刊するかもしれないというニュースが広まった時,図書館コミュニティに静かな歓声があがったのに気づいた人もいることでしょう。

加えて,わたしたちは,Michael RosenzweigのEvolutionary Ecology Research誌8のような新たに創刊されたベンチャー誌が成功を収めているのを目の当たりにしています。この雑誌もまたSPARCの提携誌のひとつです。わずかに3巻を発行する間に損益分岐点に到達し,現在1ページ当たり25セント(多くの商業誌の10分の1の単価)で良質の研究論文を刊行している,真新しい非営利的な学術誌を,わたしたちは手にしているのです。

最後に述べておきたいことは,わたしたちは,これまでの経験を通じて信用するに足りるとみなすことができる,学術コミュニケーションの経済モデルを信頼しつづけなければならないということです。過去10年間のもっとも価値のある教訓のひとつは,協力関係は,わたしたちに有利に働くということです。質の高いサービスと大学向けの活動に尽力している出版社やベンダーとのビジネス上の関係を絶とうとする際には慎重にならなければなりません。多分これはもうひとつのパラドックスなのでしょう。わたしたちは,これまでの協調関係を維持しそれを育んでいかない限り,新しいルールを作り出すことはできないのです。ひとたび新ルールを作り上げてしまえば,もう兎穴に転げ落ちる心配はありません。図書館はついに強固な地盤の上に立つことができるのです。

[Note 1] わたしは,これら2つの製品がどの程度市場に浸透しているかを知るために,多くの研究図書館員が参加した最近のある会合の席で簡単な調査を行いました。その結果,27の回答のうち,66%がAcademic Press社のIDEALのライセンス契約を結び,60%がScienceDirectを契約していることが判明しています。

[Note 2] わたしに囚人のジレンマと数学的ゲーム理論を現実の状況における意志決定に適用することの妥当性を教えてくれたのは,ウイスコンシン大学マディソン校長のJohn Wileyです。Wiley校長は音楽を語るときと同じように数学について語ってくれます。Wiley校長にとっては,音楽も数学も共に美しい存在なのです。

[Note 3] 以下のURLを参照してください。 <http://william-king.www.drexel.edu/top/prin/txt/Imch/dilemma.html>

[Note 4] Tragedy of Commons[3]は,交通渋滞,資源管理,そしておそらくは学術コミュニケーションといった社会問題の複雑性を,より的確に表現してくれる非協調ゲームのひとつです。

[Note 5] Theory and Practice of Logic Programming <http://www.cwi.nl/projects/alp/TPLP/tplp.html>.

[Note 6] ビッグ・ディールはここ数年間にいくつかの大規模大学に導入されていますが,ビッグ・ディールのライセンスにバンドルされている雑誌の利用1件当たりのコストを計算した研究は,今のところ全く発表されていません。現在利用できる費用対効果のデータは,コンテンツの単位当たりコストと冊子体の利用1件当たりのコストに基づくものです。

[Note 7] Wisconsin TechSearch, <http://www.wisc.edu/wendt/wts/index.html>.

[Note 8] Evolutionary Ecology Research, <http://www.evolutionary-ecology.com>.

参考文献

[1] Axelrod, Robert. The Evolution of Cooperation. New York: Basic Books, 1984.

[2] Baer, Sigfried. "Das grose Wurgen." Laborjournal, 4/1999.

[3] Hardin, Garrett. "The Tragedy of the Commons." Science, 162, 1968: 1243-1248.
Also available at <http://www.dieoff.org/page95.htm>.

[4] May, Robert M., Martin Nowak, and Karl Sigmund. "The Arithmetics of Mutual Help," Scientific American, June, 1995: pp 76-81.

[5] McCain, Roger A., "Imperfect competition and game theory." Essential Principles of Economics: a Hypermedia Text, Second revised edition, Chapter 13, 1998.
<http://william-king.www.drexel.edu/top/prin/txt/EcoToC.html>.

[6] Poundstone, William. Prisoners' Dilemma. New York: Doubleday, 1992.

[7] Powers, Richard. Prisoner's Dilemma. New York: Beech Tree Books, 1988.

[8] Public Library of Science (website)
<http://www.publiclibraryofscience.org>.

[9] Reed Elsevier Annual Report for 1999. Report of the Chairman & the Chief Executive Officer, "Vision & strategy for growth."
<http://194.202.202.208/investors/accounts/1999/annual/b1_chair_t3.asp>.

[10] Reed Elsevier Annual Report for 1999. Business Review, "Scientific: review and strategic initiatives."
<http://194.202.202.208/investors/accounts/1999/annual/b1_busrev_t1.asp>.

(本稿は,2001年1月14日にWashington, D.C.において開催されたEbscoエグゼクティブ・セミナーでの発表に基づくものです。)